ロコモーション

BEETLE
prev

5

 剛が入ってくると、正幸は彼の隣に立って、美智子を紹介した。
 「ツヨシ、この姉ちゃんがミチコちゃんだ。今、テラスでロボと遊んでいる子のお姉ちゃんだ。派手な格好してるけど、恐がらなくていいぞ」
 「ひどい、マサユキ、もっとまともに紹介してよ。ツヨシ君、よろしくね。私のこと、ミッちゃんって、みんな呼んでるわ」美智子はかわいらしく頭をペコンと下げた。彼女のはじけるような女らしさに、剛はくらくらして声がでなかった。「レイちゃん! こっちおいで。かわいい彼氏がきたわよ」
 剛は美智子のそばでさえ照れくさいのに、さっきの女の子までこの部屋に入ってきたら、息をすることができなくなってしまうのではないかと思った。
 サッシが音をたてて開き、外の熱風が吹きこんだ。クーラーがひんやりと部屋を冷やしていたのだ。クーラーを見たことのない剛は、冷たくてさわやかなこの部屋が不思議に思えた。
 令子が、すっと入ってきた。ロボも入りかけたが、正幸に思いっきりどなられて、テラスに伏せた。
 令子が体の前で手を組み合わせて、涼しい目もとをして、剛の前に向かい合わせに立った。
 「ツヨシ君、私の妹のレイコ。仲良くしてね」
 美智子がそう言いながら剛の顔をのぞきこんだ。ミルクみたいなキャンディみたいな甘い匂いが彼をふんわり包みこんだ。彼は、ハイッと堅くなって答えた。
 「よろしくどうぞ」
 令子はゆっくりと、1音1音はっきり発音してあいさつし、丁寧におじぎした。
 「ツヨシ君、妹のことは、レイちゃんって呼んであげてね。わかった?」
 「ハイ」
 「そう、いい子ね。じゃあ、聞くよ。わたしは?」
 剛は照れくさいのをこらえて言った。
 「ミッちゃん」
 「じゃあ、この子は?」美智子は令子を指さした。
 剛は内気で人見知りをする子どもだったので、身内が誰もいないところで、しかも知り合ったばかりの、キュートな姉妹と親しくなるのは大変なことだった。剛は、レイちゃん、とやっと言って、小さくもじもじと縮んでしまった。
 「ミチコ、急ごうぜ。車にもう積めないから、歩いて買いにいくしかないな」
 正幸はたっぷりあったコーラを、レモンをしぼってひと息に飲んでしまい、氷をガリガリかみ砕きながら言った。
 「もう10時だ。11時にはヒロちゃんたちくるから急がなくちゃね」
 「いこう。昼、食べてたら、絶対演奏1時にはじめられねえから、終わったらめちゃくちゃ食えるように、いっぱい買いこむぜ」
 そう言ったと思ったら、もう正幸はテラスの向こうに飛びだしていた。ポケットに両手を入れ道路をどんどん歩いていく。美智子は急いでサンダルのひもを結んだ。
 「ふたり、仲良く留守番していてね」
 玄関のドアを勢いよく閉める音が聞こえ、テラスの向こうに、走る美智子の姿が見えた。
 令子は小さく固まった剛をテーブルのイスにすすめた。剛が顔を上げると、サッシにへばりつくロボと目が合った。大きい犬が小さくなって彼をうらやましそうにじっと見た。彼は、令子がロボのいるテラスにでてしまうのではないかと心配した。彼女がロボに今日1日じゅう遊んでやると約束していたから。しかし、彼女はテラスへでていかなかった。
 「ツヨシ君、コーラ、好き?」
 剛は両親にコーラは飲まないよう注意されていたので、返事しにくかった。彼がもじもじしていると、令子はさっと部屋からでて、すぐにコーラのグラスを運んできた。それはさっき正幸が飲んでいたのと同じようにグラスのふちにレモンがさしてあった。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ロコモーション
◆ 執筆年 2003年7月27日