ロコモーション

9
剛は、クリーム色のビートルで青い海を渡り島にいくことを想像しようとした。しかしそういう情景はどうやっても思い浮かばなかった。
「海の中の道ってなあに?」
「あのな、潮の満ち干っていうのがあるだろ。この辺りにな、潮がひくと、浜辺と地続きになる小さな島があるんだ。そこへいく道はちゃんと舗装されてて、車も通れるんだぜ」
「ホソウって、ガタガタ道じゃなくて、ちゃんとした道路のこと?」
「そうだ! ツヨシ、お前、頭いいな」
剛は正幸にほめられてうれしくなった。海の水がなくなってあらわれる道路を車で走り、その島までいく、ということが今度は理解できた。しかし、そんな島があるなんてまるで夢みたいだった。彼は空想好きで物語好きで探検ゴッコ好きだった。だから、急にものすごくその島にいってみたくなった。
「その島、なんていう島なの?」
「オレたちはステイジマって呼んでるけど、普通は捨島って言ってるな」
潮がひくと岸辺から見捨てられてしまうからそう呼ばれるみたいだが、はっきりしたことは正幸や美智子の親もわからない。ただ、昔から若い男女がその島で夜を過ごして、あまり風紀のよくない場所なので、大人たちはさげすむように、「捨島」と呼んでいるみたいだった。
その島を彼らはライブ・ステージにしていた。それでステージ・ジマ、すなわちステイジマ、というわけだ。くだらないシャレだが、メンバーも、ライブにやってくる彼らの仲間たちもそう呼んでいた。
正幸の頭の中では、自分たちがライブで演奏している間、剛を海岸で遊ばせて、ライブが終わって、夕方までには十分送り届けられるという計算があった。ただ、5歳の子どもをひとりにしておくわけにはいかないから、令子がついてきてくれて、いっしょに遊んでやってくれないかなと期待していた。令子は7歳だけど、いい加減な高校生よりはずっと頼りになるから、剛を安心して任せられると思った。問題は令子がいきたがるかだ。
「レイちゃん、ステイジマでツヨシと遊んでやってくれないかな?」
令子はすぐに承知した。ところが美智子が反対した。
「だめよ、マサユキ。ツヨシ君に何かあったらどうするのよ?」
「ミッちゃん、大丈夫、わたしに任せて。ロボといっしょにおとなしく遊んでるよ」
「ロボもつれてく気なの? だめよ。無理無理。車に乗り切んないわ」
いつもは聞き分けがいい令子も珍しく折れなかった。せっかく同年代の男の子と遊べる機会なのに、それをふいにしたくなかったのだ。大人の中ばかりで過ごすしかない彼女には切実なことだった。
「じゃあ、こうしましょう。レイちゃんは家で、わたしたちが戻るまでツヨシ君と遊ぶ。それがいいわ。ね、いい子だからそうして」
美智子にそう言われると、もっともなことだけに反論のしようがなく、令子は黙ってしまった。彼女は剛にも説得しようとした。
「ツヨシ君、いい、お姉ちゃんの言うこと聞いて。ね、お姉ちゃんたち、夕方には必ず戻るからね。それまでうちでレイちゃんと仲良く遊んでいてね。わかった?」
美しい美智子にやさしく説得されて、剛もやだとは言いにくかったが、彼の頭の中は、ステイジマのことでいっぱいだった。
「ミッちゃん。ボクをステイジマにつれてかないなんて言わないで。ボク、ステイジマにいきたい」剛の目から涙がこぼれてきた。美智子は慌てた。剛は、レイちゃんといきたいと、泣きながら言う。
「困ったな。ツヨシ君、泣かないで」美智子は正幸を見る。彼はうなずく。
「よおし、わかった。ツヨシ、ステイジマにつれてってやるぜ。レイちゃんもいっしょだ。その代わり、むこうで危ないこととか勝手なこととか絶対するなよ。もし悪い子だったら、コグレのおばちゃんに、今ツヨシがめそめそ泣いてたこと言っちゃうぞ」
剛は急に泣きやみ、手のひらで涙をふいた。
「ボク、泣いてないもん。おばちゃんに言わないでね」
美智子は笑った。彼女はまた真面目な顔に戻り、正幸の耳に口を近づけてささやいた。
「もう、知らないから。マサユキ、すぐ面倒くさいことひっぱってくるんだから。あなた、ふたりの面倒ちゃんと見るのよ!」
「海の中の道ってなあに?」
「あのな、潮の満ち干っていうのがあるだろ。この辺りにな、潮がひくと、浜辺と地続きになる小さな島があるんだ。そこへいく道はちゃんと舗装されてて、車も通れるんだぜ」
「ホソウって、ガタガタ道じゃなくて、ちゃんとした道路のこと?」
「そうだ! ツヨシ、お前、頭いいな」
剛は正幸にほめられてうれしくなった。海の水がなくなってあらわれる道路を車で走り、その島までいく、ということが今度は理解できた。しかし、そんな島があるなんてまるで夢みたいだった。彼は空想好きで物語好きで探検ゴッコ好きだった。だから、急にものすごくその島にいってみたくなった。
「その島、なんていう島なの?」
「オレたちはステイジマって呼んでるけど、普通は捨島って言ってるな」
潮がひくと岸辺から見捨てられてしまうからそう呼ばれるみたいだが、はっきりしたことは正幸や美智子の親もわからない。ただ、昔から若い男女がその島で夜を過ごして、あまり風紀のよくない場所なので、大人たちはさげすむように、「捨島」と呼んでいるみたいだった。
その島を彼らはライブ・ステージにしていた。それでステージ・ジマ、すなわちステイジマ、というわけだ。くだらないシャレだが、メンバーも、ライブにやってくる彼らの仲間たちもそう呼んでいた。
正幸の頭の中では、自分たちがライブで演奏している間、剛を海岸で遊ばせて、ライブが終わって、夕方までには十分送り届けられるという計算があった。ただ、5歳の子どもをひとりにしておくわけにはいかないから、令子がついてきてくれて、いっしょに遊んでやってくれないかなと期待していた。令子は7歳だけど、いい加減な高校生よりはずっと頼りになるから、剛を安心して任せられると思った。問題は令子がいきたがるかだ。
「レイちゃん、ステイジマでツヨシと遊んでやってくれないかな?」
令子はすぐに承知した。ところが美智子が反対した。
「だめよ、マサユキ。ツヨシ君に何かあったらどうするのよ?」
「ミッちゃん、大丈夫、わたしに任せて。ロボといっしょにおとなしく遊んでるよ」
「ロボもつれてく気なの? だめよ。無理無理。車に乗り切んないわ」
いつもは聞き分けがいい令子も珍しく折れなかった。せっかく同年代の男の子と遊べる機会なのに、それをふいにしたくなかったのだ。大人の中ばかりで過ごすしかない彼女には切実なことだった。
「じゃあ、こうしましょう。レイちゃんは家で、わたしたちが戻るまでツヨシ君と遊ぶ。それがいいわ。ね、いい子だからそうして」
美智子にそう言われると、もっともなことだけに反論のしようがなく、令子は黙ってしまった。彼女は剛にも説得しようとした。
「ツヨシ君、いい、お姉ちゃんの言うこと聞いて。ね、お姉ちゃんたち、夕方には必ず戻るからね。それまでうちでレイちゃんと仲良く遊んでいてね。わかった?」
美しい美智子にやさしく説得されて、剛もやだとは言いにくかったが、彼の頭の中は、ステイジマのことでいっぱいだった。
「ミッちゃん。ボクをステイジマにつれてかないなんて言わないで。ボク、ステイジマにいきたい」剛の目から涙がこぼれてきた。美智子は慌てた。剛は、レイちゃんといきたいと、泣きながら言う。
「困ったな。ツヨシ君、泣かないで」美智子は正幸を見る。彼はうなずく。
「よおし、わかった。ツヨシ、ステイジマにつれてってやるぜ。レイちゃんもいっしょだ。その代わり、むこうで危ないこととか勝手なこととか絶対するなよ。もし悪い子だったら、コグレのおばちゃんに、今ツヨシがめそめそ泣いてたこと言っちゃうぞ」
剛は急に泣きやみ、手のひらで涙をふいた。
「ボク、泣いてないもん。おばちゃんに言わないでね」
美智子は笑った。彼女はまた真面目な顔に戻り、正幸の耳に口を近づけてささやいた。
「もう、知らないから。マサユキ、すぐ面倒くさいことひっぱってくるんだから。あなた、ふたりの面倒ちゃんと見るのよ!」