ロコモーション

11
助手席の宏美も注意を加えた。
「そうねえ、それがいちばん安全ね。もしも道で遊ぶとしてもすぐ戻ってこられるところにいてね」
「ヒロちゃん、わたし、ツヨシ君から離れないようにするね。何かあったら、ロボが海に入ってくれると思うんだ。ロボ、頼むわよ」
ロボはうしろのシートの令子の横に座って外を見ていたが、令子に頼まれると、力強くほえた。
「レイちゃん、頼むわね。でも、レイちゃんに任せておけばきっと大丈夫よね、メグちゃん」
宏美は恵に同意を求めた。
「うん、レイちゃん、しっかり者だから心配ないよ。わたしより頼りがいがあるもん」
宏美はそのとおりだと思った。自覚があるだけ救いがあるとも思った。それほど、恵のうっかりはひどいのだ。入学してから夏休みになるまでずっと、必要のない講義に出席したり、モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークをアイネ・クライネ・ナハトマムジークと思いこんでいたり、とにかくうっかりの程度と回数が抜きんでている。うっかりの偏差値を測定したら、70は堅いのではないだろうかと、宏美は思っていた。いっしょに行動していると、疲れることやあきれることが多いのに、なんでいつもいっしょにいるのだろうと、宏美は考えることもある。
「やっぱり気が合うんだろうなあ」と、宏美は恵の横顔を見ながらそう思う。ロックやサイケが大好きな音大生。いないこともないが、髪型や服装、音楽活動まで実践してしまう音大生はほとんどいない。
恵は貼り合わせたようなTシャツと、これ以上ほつれることも穴が開くこともできないようなジーパンをはいていた。髪は不ぞろいでメークは青っぽかった。
宏美はやけに袖の長いシャツをはおっていた。背中には、ヒョウの刺繍がしてある。シャツの中には、ペンキ塗りをして汚れたような紫色のTシャツを着ている。まっ白い、ぴっちりしたホットパンツとは対照的である。髪は整ったロングヘアでメークは濃い色調だった。
しかもそれでいて、ふたりともとても品がよく見えた。たぶん、家庭がそこそこに裕福で、きちんとしつけられて育ったせいだろう。ふたりがサイケにはまっているのは、音楽的欲求と、この世代特有の好奇心と反抗心のためだった。ふたりはそれ以上の反社会的行為など考えたこともなかった。ファッションとわきまえていたのだろう。ふたりを見かけた大人たちは、今の若いやつはと思うが、いやな雰囲気は感じない。ふたりと話した大人は、さわやかで、さりげなく、品が良くて、すっかり気に入ってしまう。大学の先生たちもふたりには人間的な良さを感じ取っていて、極力大事にしてくれる。
ふたりだけじゃない。5人がみんな同じだ。奇抜な格好をしているが、とても魅力的だ。友だちも多く、今日のステイジマのライブにも、交通が不便な場所にもかかわらず、たくさんやってくる。高校の友だちもやってくる。彼らの音楽が好きになった人たちもやってくる。彼らはまめなので、海辺に遊びにきている海水浴客にビラを配ったから、その中の何人かはきてくれるかもしれない。
彼らはステイジマの中心部に車をとめ、機材のセッティングをはじめた。
辰吉は正幸のドラムのセッティングを手伝いながら、剛と話をした。キーボードとサックスのセッティングはあとですぐにできてしまうので、先にほかのメンバーを手伝うことにしていたのである。
「ツヨシ君は、普段何て呼ばれているんだい」
「ツヨシ君。ツヨ君。タケナカ君。タケちゃん」
「タケちゃんか。それ気に入ったよ。オレもタケちゃんて呼んでいいか?」
剛はうなずいた。ふたりの話を聞いていた宏美と恵が横から割りこんだ。
「タケちゃんてかわいいね。ねえ、わたしもタケちゃんて呼んでいい?」と宏美。
恵もうれしそうに、タケちゃんと呼びはじめた。
「そうねえ、それがいちばん安全ね。もしも道で遊ぶとしてもすぐ戻ってこられるところにいてね」
「ヒロちゃん、わたし、ツヨシ君から離れないようにするね。何かあったら、ロボが海に入ってくれると思うんだ。ロボ、頼むわよ」
ロボはうしろのシートの令子の横に座って外を見ていたが、令子に頼まれると、力強くほえた。
「レイちゃん、頼むわね。でも、レイちゃんに任せておけばきっと大丈夫よね、メグちゃん」
宏美は恵に同意を求めた。
「うん、レイちゃん、しっかり者だから心配ないよ。わたしより頼りがいがあるもん」
宏美はそのとおりだと思った。自覚があるだけ救いがあるとも思った。それほど、恵のうっかりはひどいのだ。入学してから夏休みになるまでずっと、必要のない講義に出席したり、モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークをアイネ・クライネ・ナハトマムジークと思いこんでいたり、とにかくうっかりの程度と回数が抜きんでている。うっかりの偏差値を測定したら、70は堅いのではないだろうかと、宏美は思っていた。いっしょに行動していると、疲れることやあきれることが多いのに、なんでいつもいっしょにいるのだろうと、宏美は考えることもある。
「やっぱり気が合うんだろうなあ」と、宏美は恵の横顔を見ながらそう思う。ロックやサイケが大好きな音大生。いないこともないが、髪型や服装、音楽活動まで実践してしまう音大生はほとんどいない。
恵は貼り合わせたようなTシャツと、これ以上ほつれることも穴が開くこともできないようなジーパンをはいていた。髪は不ぞろいでメークは青っぽかった。
宏美はやけに袖の長いシャツをはおっていた。背中には、ヒョウの刺繍がしてある。シャツの中には、ペンキ塗りをして汚れたような紫色のTシャツを着ている。まっ白い、ぴっちりしたホットパンツとは対照的である。髪は整ったロングヘアでメークは濃い色調だった。
しかもそれでいて、ふたりともとても品がよく見えた。たぶん、家庭がそこそこに裕福で、きちんとしつけられて育ったせいだろう。ふたりがサイケにはまっているのは、音楽的欲求と、この世代特有の好奇心と反抗心のためだった。ふたりはそれ以上の反社会的行為など考えたこともなかった。ファッションとわきまえていたのだろう。ふたりを見かけた大人たちは、今の若いやつはと思うが、いやな雰囲気は感じない。ふたりと話した大人は、さわやかで、さりげなく、品が良くて、すっかり気に入ってしまう。大学の先生たちもふたりには人間的な良さを感じ取っていて、極力大事にしてくれる。
ふたりだけじゃない。5人がみんな同じだ。奇抜な格好をしているが、とても魅力的だ。友だちも多く、今日のステイジマのライブにも、交通が不便な場所にもかかわらず、たくさんやってくる。高校の友だちもやってくる。彼らの音楽が好きになった人たちもやってくる。彼らはまめなので、海辺に遊びにきている海水浴客にビラを配ったから、その中の何人かはきてくれるかもしれない。
彼らはステイジマの中心部に車をとめ、機材のセッティングをはじめた。
辰吉は正幸のドラムのセッティングを手伝いながら、剛と話をした。キーボードとサックスのセッティングはあとですぐにできてしまうので、先にほかのメンバーを手伝うことにしていたのである。
「ツヨシ君は、普段何て呼ばれているんだい」
「ツヨシ君。ツヨ君。タケナカ君。タケちゃん」
「タケちゃんか。それ気に入ったよ。オレもタケちゃんて呼んでいいか?」
剛はうなずいた。ふたりの話を聞いていた宏美と恵が横から割りこんだ。
「タケちゃんてかわいいね。ねえ、わたしもタケちゃんて呼んでいい?」と宏美。
恵もうれしそうに、タケちゃんと呼びはじめた。