ロコモーション

19
風のうなり声に合わせて、ロボが、くーん、くーんと鳴いた。それは高くせつないフルートだった。ビートのきいたギターみたいに雨音が混ざった。激しい波がベースを担当した。正幸は、自分たちの命が危ういこの状況で、そんなふうに雨や波を楽器になぞらえている自分自身が不謹慎だと思った。それにもかかわらず、だんだん楽しい気がして仕方がなくなった。もうやることはすべてやった。あとのことは努力とは別のことだ。荒れ狂った自然を、荒れ狂ったと感じるのも、愉快に感じるのもオレの好きじゃないか。もしも自分が正気ではなくなりかけているとしても、もうそんなことはどうでもいい。正幸はそうも思った。そしたら彼は、いい音をだしている自然と、それからロボに、混ざりたくなった。スティックでドラムをたたく代わりに、わりばしで空き缶や床板やスチールパイプをたたいた。
他のメンバーも、正幸ほどはっきりではなかったが、薄々そんなことを感じていた。それなので、正幸がまるでドラムを演奏するみたいにそこらじゅうのものをたたきだすと、彼らも音を立てないではいられなかった。
恵は、ベースのように聞こえる荒波に合わせて、くちびるを使って音をだした。
宏美も雨音に合わせて、いかにもエレキ・ギターらしく口まねした。
正幸が言った。
「これで辰吉のサックスがあればなあ」
辰吉は正幸の隣で両腕を動かした。
「お前、何やってんだ?」
「こんなこともあろうかと思ってさ」
「……」
「サックスだよ」辰吉はうれしそうに言った。「ロープで下げておいたんだ。見つかったら怒られると思って」
「お前な、オレを教師か親みたいに思っていないか」
「思ってないけど。……マサユキは、偉いリーダーだから」
「お前、オレをバカにしてるのか?」
「ほめてるんだよ。本当だぞ」
「まあ、いいや。よし! タツキチ吹け!」
「オーライ」
辰吉はサックスを吹きはじめた。いい音だった。
4人はロボと大自然の大演奏に合わせた。美智子も歌いだした。美智子の厚みのある声で体が震えて、剛は天にも昇る気持ちがした。
誰もが恐怖を忘れた。そのうちに疲れて、ひとり、ふたりと快い眠りに落ちていった。
気分がよくなってきた剛は、何か高い音のために目が覚めた。女の子が気持ちよさそうにうめく声だった。それは、激しい風や波の音に混ざってうねっていた。風雨の音が比較的抑えぎみの時にかぼそく聞こえる程度のごく弱い響きに過ぎなかったので、熟睡している者たちを目覚めさせる性質のものでは決してなかった。
それは恵の声だった。体が冷たくなって、耐えられなくなった恵は、みんなが寝静まったのを見定めて、辰吉のビニールシートに入った。はじめは体を温めるだけのつもりだったのだが、これが人生最後の夜かもしれないと思うと、不思議に気持ちが高ぶった。辰吉の方がためらった。恵を抱くことを、ではない。彼らはすでにそういう関係になったあとだった。彼がためらったのは、誰かに気づかれたら、2度と顔を合わせられないと思ったためだった。恵の方がそういう点では大胆だった。たぶん、これがわたしたちの人生の最後の夜だよ。水がそこまできてるんだよ。恵に言われて見てみると、水面は、大波の時には床の20~30㎝のところへきていた。雨の勢いは少しも衰えていない。それで、彼も変に興奮してほかのメンバーへの恥ずかしさを捨ててしまったのだ。剛が目覚めたのは、彼らがメンバーたちのことも大自然の驚異もすっかり忘れ、自分たちの行為に没頭しているときだった。ほかのメンバーは夢も見ないで熟睡していた。
他のメンバーも、正幸ほどはっきりではなかったが、薄々そんなことを感じていた。それなので、正幸がまるでドラムを演奏するみたいにそこらじゅうのものをたたきだすと、彼らも音を立てないではいられなかった。
恵は、ベースのように聞こえる荒波に合わせて、くちびるを使って音をだした。
宏美も雨音に合わせて、いかにもエレキ・ギターらしく口まねした。
正幸が言った。
「これで辰吉のサックスがあればなあ」
辰吉は正幸の隣で両腕を動かした。
「お前、何やってんだ?」
「こんなこともあろうかと思ってさ」
「……」
「サックスだよ」辰吉はうれしそうに言った。「ロープで下げておいたんだ。見つかったら怒られると思って」
「お前な、オレを教師か親みたいに思っていないか」
「思ってないけど。……マサユキは、偉いリーダーだから」
「お前、オレをバカにしてるのか?」
「ほめてるんだよ。本当だぞ」
「まあ、いいや。よし! タツキチ吹け!」
「オーライ」
辰吉はサックスを吹きはじめた。いい音だった。
4人はロボと大自然の大演奏に合わせた。美智子も歌いだした。美智子の厚みのある声で体が震えて、剛は天にも昇る気持ちがした。
誰もが恐怖を忘れた。そのうちに疲れて、ひとり、ふたりと快い眠りに落ちていった。
気分がよくなってきた剛は、何か高い音のために目が覚めた。女の子が気持ちよさそうにうめく声だった。それは、激しい風や波の音に混ざってうねっていた。風雨の音が比較的抑えぎみの時にかぼそく聞こえる程度のごく弱い響きに過ぎなかったので、熟睡している者たちを目覚めさせる性質のものでは決してなかった。
それは恵の声だった。体が冷たくなって、耐えられなくなった恵は、みんなが寝静まったのを見定めて、辰吉のビニールシートに入った。はじめは体を温めるだけのつもりだったのだが、これが人生最後の夜かもしれないと思うと、不思議に気持ちが高ぶった。辰吉の方がためらった。恵を抱くことを、ではない。彼らはすでにそういう関係になったあとだった。彼がためらったのは、誰かに気づかれたら、2度と顔を合わせられないと思ったためだった。恵の方がそういう点では大胆だった。たぶん、これがわたしたちの人生の最後の夜だよ。水がそこまできてるんだよ。恵に言われて見てみると、水面は、大波の時には床の20~30㎝のところへきていた。雨の勢いは少しも衰えていない。それで、彼も変に興奮してほかのメンバーへの恥ずかしさを捨ててしまったのだ。剛が目覚めたのは、彼らがメンバーたちのことも大自然の驚異もすっかり忘れ、自分たちの行為に没頭しているときだった。ほかのメンバーは夢も見ないで熟睡していた。