ロコモーション

BEETLE
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25

 木暮の家で車はとまり、そろって玄関まで歩いた。美智子の父がドア・チャイムを鳴らした。剛のおばと父、母がでてきた。おばは剛の身を案じて店にでないで、家で待機していた。美智子の父と剛のおばが、世界中のあらゆるきちんとした親どうしがかわすあいさつをかわした。そのあと、美智子の父と剛の父、母があいさつをしたが、それはあまりうまくいかなかった。もっとまずいことに剛の父は朝からすでに飲みはじめていた。
 芳江は小暮知佳の方を見て、「不良の親だって、なに普通の人じゃない」と、ひとり言のように言った。しかし、割と大きな声なので誰もがはっきり聞くことができた。芳江だけが、知佳以外はそれを聞いていないと思っている。そこにいる誰もがいたたまれない思いをした。
 美智子の父は、芳江に対する怒りのあまり、何かひとこと、ふたこと言うと、ひとりで車に戻ってしまった。
 剛はもうこれだけで疲れきってしまった。
 正幸と美智子は剛の父に謝った。
 「本当に、ボクが悪いばかりに、ご心配おかけしてすみませんでした」
 剛の父は酔っていたし、正幸が気に入らなかったので、ほとんどわけのわからないことをわめきだした。
 「オイッ、謝ってすむようなことかよ! そんな頭してねえ、うちの子に悪影響与えたらどう責任取ってくれるんだよ」
 正幸はかーっとしたが、かろうじてこらえた。みんなはらはらしていた。剛のおばの知佳はいちばんはらはらしていた。それでも知佳は冷静さは失わずに、なりゆきを見守っていた。この場でわけがわからなくなっているのは剛の両親だけだった。剛はそれが恥ずかしくて仕方なかった。剛の父は、正幸と美智子に言いたい放題のことをくどくどと言った。ふたりは耐えた。剛のために。剛は恥ずかしくて死にそうだった。
 剛の父は怒りに任せて際限もなく同じことを繰り返した。もう剛のことなどは考えていないのだった。少し考えれば剛が今望んでいることがわかるはずだった。剛は父に話をやめてほしかった。不良、非常識、低能、ヒッピー、フーテンなどと、正幸と美智子の素晴らしい人間性も知らずに、剛の父は決めつけるだけだった。
 そのそばで、剛の母はひとり言のように、家庭がおかしいとか、今の若い人はとか、ぼやき続けていた。
 正幸も美智子も的確に罰せられるならどんなに厳しくてもいいと思った。しかし、このふたりみたいな言われ方をされるのは最悪だと思った。
 令子もこれがツヨシ君の親なのかと、興ざめな感じがした。もっとも、それによって剛に対する好意は変化しなかったが。
 不愉快な説教を、剛のためと思ってこらえていると、今度は剛の父が突然正幸の胸を押した。
 「とっとと帰れ! 2度とくるなよ」
 正幸は今度こそなぐってやろうと思ったが、彼の殺気に気づいた美智子がすぐに彼の腕をつかんだ。
 「どうも、失礼しました。バイバイ、ツヨシ君」
 美智子が温かい声で剛に言い、うしろを向いた。令子はじっと剛を見ていたが、そのうちに彼女もうしろを向いた。
 剛は令子に住所を書いてもらう約束を思い出した。
 「レイちゃん、待ってて」
 剛に言われて令子はふりむいた。彼女も呼びとめられた理由にすぐ気づいた。
 「お姉ちゃん、マサユキさんと車で待ってて」
 令子が美智子に言うと、彼女もすぐ理解して、ウインクし、車に乗った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ロコモーション
◆ 執筆年 2003年7月27日