ギンザ

7
そんなことにはおかまいなしに愛子は続ける。何日の何時にみゆき座の前で待ち合わせをしようと、彼女は彼に約束をとりつける。彼の気乗りしてない返事にはかまわないで、愛子は喜んで帰っていく。
田村秀幸は次の日曜日、ひとりで映画を見にいくことを決心する。今日をのがしたらもう映画を見る時間はない。明日は故郷に帰る列車に乗らなくてはならない。彼はひとりでハリウッド映画を見るなんてバカらしいのでやめようとも思った。しかし、倹約屋の彼は、せっかく買ったチケットを無駄にするのはもったいないと思った。それから、4年間勉強ひと筋でやってきたから、東京生活の最後の思い出に、映画を見るのもいいと思った。
中野愛子は店を終えるとすぐにみゆき座まで歩いた。まだ上映まで30分以上あった。良平がこのあいだのように先にいたら悪いなと思って、はやくやってきたのだった。しかし、良平はいなかった。
愛子は太い柱に寄りかかって、銀座方面を見ていた。雪が降ってきた。みゆき通りを歩く人たちの上に雪が降りかかった。
上映10分前になった。良平はまだあらわれなかった。
田村秀幸が体じゅうをまっ白くして歩いてきた。
彼が体じゅうの雪をはらい落としていると、うしろから優しい手つきで背中の雪を落としてくれる人がいた。彼はふりむいてお礼を言った。
「どうもありがとうございます。まったくひどい雪ですね」
彼はお礼を言っている相手が例のお茶屋の女の子だと言うことに気づいた。まっかなセーターが降りしきる雪を背景に、とてもあざやかだった。白い顔のほほだけがほんのりと赤くなっていて、北国の妖精のようだった。
「キミは」秀幸の口からそんな言葉だけがでてきた。
愛子は彼をよく見つめた。そして思いだした。
「あら、このあいだうちの店でお茶を買ってくれた人でしょ」
秀幸はうなずいた。
「今日は、デートかしら? 『サブリナ』を見るの?」
「いや、違うんだ」
「あら、そう。じゃあ、何を見るの?」
秀幸は、チケットを2枚、ポケットからだして、愛子に見せた。
「やっぱり『サブリナ』じゃない。ほら、デートなんでしょ」
秀幸は、1枚はキミのだ、と言おうと思ったが、言えなかった。彼女がデートなら、言っても意味がない。しかし、自分はデートではない、ということははっきり言っておきたかった。
「ふられたんだ」
田村秀幸は次の日曜日、ひとりで映画を見にいくことを決心する。今日をのがしたらもう映画を見る時間はない。明日は故郷に帰る列車に乗らなくてはならない。彼はひとりでハリウッド映画を見るなんてバカらしいのでやめようとも思った。しかし、倹約屋の彼は、せっかく買ったチケットを無駄にするのはもったいないと思った。それから、4年間勉強ひと筋でやってきたから、東京生活の最後の思い出に、映画を見るのもいいと思った。
中野愛子は店を終えるとすぐにみゆき座まで歩いた。まだ上映まで30分以上あった。良平がこのあいだのように先にいたら悪いなと思って、はやくやってきたのだった。しかし、良平はいなかった。
愛子は太い柱に寄りかかって、銀座方面を見ていた。雪が降ってきた。みゆき通りを歩く人たちの上に雪が降りかかった。
上映10分前になった。良平はまだあらわれなかった。
田村秀幸が体じゅうをまっ白くして歩いてきた。
彼が体じゅうの雪をはらい落としていると、うしろから優しい手つきで背中の雪を落としてくれる人がいた。彼はふりむいてお礼を言った。
「どうもありがとうございます。まったくひどい雪ですね」
彼はお礼を言っている相手が例のお茶屋の女の子だと言うことに気づいた。まっかなセーターが降りしきる雪を背景に、とてもあざやかだった。白い顔のほほだけがほんのりと赤くなっていて、北国の妖精のようだった。
「キミは」秀幸の口からそんな言葉だけがでてきた。
愛子は彼をよく見つめた。そして思いだした。
「あら、このあいだうちの店でお茶を買ってくれた人でしょ」
秀幸はうなずいた。
「今日は、デートかしら? 『サブリナ』を見るの?」
「いや、違うんだ」
「あら、そう。じゃあ、何を見るの?」
秀幸は、チケットを2枚、ポケットからだして、愛子に見せた。
「やっぱり『サブリナ』じゃない。ほら、デートなんでしょ」
秀幸は、1枚はキミのだ、と言おうと思ったが、言えなかった。彼女がデートなら、言っても意味がない。しかし、自分はデートではない、ということははっきり言っておきたかった。
「ふられたんだ」