ギンザ

麗しのサブリナ
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10

 「ふーん、学生さんなんだ。すごいね」
 愛子は、勉強に力を入れて生きている人を身近に知らなかったから、真面目そうな秀幸の顔を改めてまじまじと見た。秀幸は照れた。
 「いや、学生は昨日で終わりさ。だけど、ボクの部屋にきても仕方ないと思うよ」
 愛子は身を乗りだして、ますますじっと見つめた。
 「さっきの言葉がどういう意味なのか気になってるの」
 「さっきの言葉?」
 その時、店のおばさんが近づいてきた。愛子は彼に答えた。
 「キミのためにチケットを買ったんだってあなたが言ったのは、どういうことなのかしら?」
 店のおばさんはふたりのテーブルで立ちどまった。彼はあわてた。
 「おひやどうですか?」
 店員の言葉を秀幸は断った。おばさんはまたキッチンに戻っていった。
 「ここじゃ落ち着かないから、ボクの下宿にいこう」
 「そうでしょ。わたしもさっきそう思ったのよ」
 愛子は立ち上がった。秀幸もハンカチで汗をふきながら立ち上がった。
 秀幸は部屋のドアを開け、裸電球のスイッチをひねると、愛子を中にいれた。
 「何もないんだよ。このあいだ、トラックでほとんど運んじゃったからね」
 がらんとした部屋の壁にかかっているハンガーを、彼は愛子に渡した。
 「今、お茶を入れるから。座って待ってて」
 彼は薄いざぶとんを敷き、それから、キッチンと呼ぶにはあまりにも小さな流し台に向かい、その引き出しを開けた。その流し台は部屋にもともと置いてある簡単なものだ。ガスコンロもついている。小さなミルクパンが片方のコンロに乗っているだけだった。彼は引き出しにいっぱいつまっているお茶の包みの中からひとつ取りだし、ミルクパンの中に包みの半分くらいの量のお茶をあけた。それから、水を加え、火にかけた。
 それをすっかり見ていた愛子は、驚いて立ち上がった。
 「あなた、お茶をいれたことないの?」
 秀幸は顔を赤くしてうなずいた。
 「勉強が忙しかったんでしょうけど。あきれたわ。そんなにお茶をいれたら、苦くて飲めないわ。わたしがやってあげる。ここに入ってるの? あった、あった。ずいぶんたくさんあるわね。全部、うちの店のお茶なのね。こんなに高いお茶も買ったの?」
 愛子は急に秀幸の顔を見た。
 「もしかして、あの日のあと、もういちどお店にきたの?」
 秀幸はうなずいた。
 「それは、わたしに会うために?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ギンザ
◆ 執筆年 2004年5月4日