ギンザ

14
翌日、有楽町駅のホームで、秀幸はもう何本も山の手方面の列車を見送っていた。彼は、このあいだ買ったばかりの最高級のスーツを着ていた。くたびれた革靴とスーツケースが対称的だった。あいている手には1枚の紙が握られている。彼の実家の住所がかかれていた。
構内放送が山の手方面の列車がやってきたことを告げる。これに乗らないと、11時45分上野発には間に合わない。秀幸は列車に乗りこんで、もういちどホームを見回す。ホームにいた人たちのほとんどは、この列車に乗りこんだから、だいぶ人数が減って、人を探しやすくなっている。
発車の合図がして、ドアが閉まった。列車がどんどん加速していく。ホームにいる人たちの顔を見わけることがだんだん難しくなってくる。秀幸は手の中の紙を握りつぶした。
それから数日たった。
銀座通りのお茶屋では、愛子が年配の女性の客におつりを手渡していた。
「あら? 100円少ないわよ」
「あ、すみません」愛子は100円を取って、客に渡し、頭をさげた。「どうもすみませんでした。毎度ありがとうございます」
客はでていった。
「アイちゃん、なんだかここんところぼんやりが多いわよ」
早川伸子が愛子のようすを気づかった。
「何かあったの?」
伸子に真顔で聞かれて、愛子はたじろぐ。
「やだなあ、おばちゃん。何もないってば」
「最近、にやけた彼氏がこないから、気持ちが落ち着かないのさ」
塚田トメがむっつりした顔でぼそっと言った。機嫌が悪いわけではない。トメは、いつもこういう調子なのだ。とても客商売には向きそうもないが、客はトメのことを気に入っている。曲がったことが嫌いで、口ばかりの人が嫌いで、黙々と仕事に精をだす。そんなトメの人柄が、客たちに信頼感と何らかの尊敬の念を抱かせるようだ。
「もう、やだ、トメちゃん」愛子は、ほほを思いっきりふくらました。
「もう何日こないかねえ。なのか、ようかくらいか。毎日きては長話していった人が、こんなに長い間やってこないのは、何かあるよ。でも、アイちゃんのためにはその方がいいよ。あの手の男は深入りしちゃだめだよ」
「そんな。リョウヘイさんは悪い人じゃないってば。やさしくて、面白くて、いい人よ」
愛子は珍しく興奮して赤い顔になった。伸子は、ふたりがこれ以上ぶつかり合いを発展させないために、ある提案をした。
構内放送が山の手方面の列車がやってきたことを告げる。これに乗らないと、11時45分上野発には間に合わない。秀幸は列車に乗りこんで、もういちどホームを見回す。ホームにいた人たちのほとんどは、この列車に乗りこんだから、だいぶ人数が減って、人を探しやすくなっている。
発車の合図がして、ドアが閉まった。列車がどんどん加速していく。ホームにいる人たちの顔を見わけることがだんだん難しくなってくる。秀幸は手の中の紙を握りつぶした。
それから数日たった。
銀座通りのお茶屋では、愛子が年配の女性の客におつりを手渡していた。
「あら? 100円少ないわよ」
「あ、すみません」愛子は100円を取って、客に渡し、頭をさげた。「どうもすみませんでした。毎度ありがとうございます」
客はでていった。
「アイちゃん、なんだかここんところぼんやりが多いわよ」
早川伸子が愛子のようすを気づかった。
「何かあったの?」
伸子に真顔で聞かれて、愛子はたじろぐ。
「やだなあ、おばちゃん。何もないってば」
「最近、にやけた彼氏がこないから、気持ちが落ち着かないのさ」
塚田トメがむっつりした顔でぼそっと言った。機嫌が悪いわけではない。トメは、いつもこういう調子なのだ。とても客商売には向きそうもないが、客はトメのことを気に入っている。曲がったことが嫌いで、口ばかりの人が嫌いで、黙々と仕事に精をだす。そんなトメの人柄が、客たちに信頼感と何らかの尊敬の念を抱かせるようだ。
「もう、やだ、トメちゃん」愛子は、ほほを思いっきりふくらました。
「もう何日こないかねえ。なのか、ようかくらいか。毎日きては長話していった人が、こんなに長い間やってこないのは、何かあるよ。でも、アイちゃんのためにはその方がいいよ。あの手の男は深入りしちゃだめだよ」
「そんな。リョウヘイさんは悪い人じゃないってば。やさしくて、面白くて、いい人よ」
愛子は珍しく興奮して赤い顔になった。伸子は、ふたりがこれ以上ぶつかり合いを発展させないために、ある提案をした。