ギンザ

麗しのサブリナ
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15

 「アイちゃん、もし心配だったら、直接会いにいったらどう? どこの放送局だって言ってたっけ? まあ、とにかくひとりで気をもんでても仕方ないから、いっておいでよ。しばらくお店はトメちゃんとふたりでやってるから、早くいっておいで」
 愛子は穏やかな表情をとりもどした。
 「おばちゃん、いいんですか? 今いってきても」
 伸子は真顔で答えた。「アイちゃんの気のすむようにしなさい。早い方がいいでしょ? ほら、早くいってきなさいよ」そして、にっこり笑った。
 「おばちゃん、ありがとう。それじゃあ、ちょっとでかけてきます。トメちゃんも、すみませんが、あとをお願いします」
 「ああ、いっておいでよ」
 三角巾とエプロンをはずして、でかけようとする愛子を、トメも見送った。
 愛子はこのあいだ良平につれてこられた放送局に入った。
 広いホールの片隅に受付があり、女性がひとり立っていた。背が高く、きれいで、姿勢のよい女の人だった。
 愛子はおそるおそる受付に近寄った。
 「あのう、ちょっとお尋ねしたいのですが」
 「はい。どんなご用件でしょうか?」
 受付の女性は、丁寧で、感じよく応対した。
 「実は、こちらの放送局でアルバイトをしている、タカハシリョウヘイという若い男の人にお会いしたいのです」
 「タカハシリョウヘイですか? 登録されているかしら? 少々お待ちいただけますか?」
 「はい」
 受付の係員は、名簿を広げて調べはじめた。
 愛子はその女の人のようすを見て、いろいろなことを思った。
 ひとつは、受付の人がすぐ思い浮かべられないほど、良平の存在は、放送局の中では薄いということだった。それだけ大勢の人たちが携わっているということだ、とも思い直してみた。
 もうひとつは、それとはまったく別のことだ。受付の女性は、とても美しくて、彼女には、まるで映画女優のように見えた。自分は同年代の中では、背が高いはずだと彼女は思っていたが、その女性は彼女とは比べものにならない。スタイルも格別にすばらしい。放送局というところは、これほど並はずれた女性をただの受付に使うくらい、人材の豊富なところなのか。さらに彼女は、東京は、このような美人がごろごろ転がっているところに違いないとまで、想像をふくらませた。なんだか自分が急に小さくなったような気がして気持ちを暗くしていると、受付の女性が結果を知らせてくれた。
 「過去5年間の名簿を見てみたんですが、タカハシリョウヘイという名前はありませんねえ」
 愛子は耳を疑った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ギンザ
◆ 執筆年 2004年5月4日