ナナの夏

夏の海
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 「ありがとうございます」と、彼女は、はきはき答えてちょこんと座った。里美はすっかり夢見心地になっていた。入学以来ずっと思い続けていた先輩と、岸から少し離れたテトラポットの上で二人きりになれたのだ。胸がいっぱいになって何も言えず、うつむいてピンクの水着の生地を穴のあくほど見つめていた。そして恥ずかしくなった。自分の体つきがとても貧相に思えて仕方なかった。さっき貴美恵のグラマーな姿を見送ったばかりだから余計だった。その点では貴美恵先輩とは太刀打ちできないと、里美は悲しく思った。滝沢先輩と貴美恵先輩はどういう関係なのだろうか?
 里美が伏し目がちなので、真次は黙って彼女の長めの髪や首筋を見ていた。すると白い首にかわいらしいネックレスがあるのに気づいた。
 「そのネックレスかわいいね」
 そうほめられてやっと里美は顔を上げた。
 「これは、前に家族で海へ行った時、父にねだって買ってもらったんです」
 「本当? 実は彼氏に買ってもらったんだろ」
 「本当ですよ! お父さんに買ってもらったんです」
 「むきになるところがますますあやしいな」
 「もーう! 滝沢先輩たら、いじわる。私、彼氏なんていないもん」
 「それが本当なら俺、彼氏の候補にしてもらいたいな」
 真次は穏やかなまなざしで里美の目を見て、そしてニコッと白い歯を見せた。優しい風が運んできた潮の香りが気持ちよかった。
 「だって、滝沢先輩に彼女がいないはずないもん。絶対女の子なら放っとかないわ」
 「田中も放っとかないでくれたらうれしいな。俺、誰からも放っとかれているんで、困ってるよ」
 「うそだー。じゃあ、貴美恵先輩あたりはどうかしら」
 「村野?」と、真次は思いがけないという表情になって、その後すぐに大きく笑った。「ハハハ、それは考えたこともなかったよ」
 「だって、よく話してるから、仲がいいのかと思って」
 「ああ、確かに話はするけど、同級生として気が合う程度のことだよ」
 「本当ですか」
 「ああ」
 里美は真次の顔色を真剣に見て、安堵のため息をついた。
 「よかった。そういうことだったんですね」
 二人の会話はそれで途切れ、そろそろ浜に戻ろうということになって、来る時と同じようにビーチマットにつかまって泳いだ。しばらく泳いで真次がふと里美の方を見ると、ネックレスがなくなっていた。彼は慌てて里美に告げた。
 「田中、ネックレスが見えないけど」
 「え?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日