ナナの夏

夏の海
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 はじめのうち彼女は真次の言った意味がわからなかったが、すぐに手を首元にやってみて、慌てた。
 「本当だ。取れちゃったみたい」
 「そんなに簡単に取れちゃうものなのかい」
 「皮ひもをしばって付けるだけだから、割と取れやすいんですよ」
 真次が探そうとしたが、里美は止めた。
 「海辺の土産物屋で買ってもらった安物だからいいんですよ」
 それじゃあ後で買ってやるよ、と言った真次に、うれしいと答えた里美は、ビーチパラソルに乗せた顔を横に向け、細目で笑った。

 海の家の夕食は、派手ではないが、素材がよかった。いか、いわし、きす、たこ、さざえ、のり、まぐろ、なまこ、あわび、えび、といった海産物が中心だった。若者たちはごはんをたくさん食べた。飯櫃が空になるとつい立ての向こう側の家族から申し出があった。
 「そちらの、学生さんのグループかしら? よかったらうちのごはんが余ってるから食べませんか?」
 「あっ、ありがとうございます」と、一夫が大きく頭を下げた。
 「七重、これをそちらにお渡しして」
 「はい」
 離れた席の母親からテーブル越しに飯櫃を受け取ると、彼女はそれを持ってつい立ての横から出てきた。きちんと座った七重を見て、一夫は、あっと声を立てた。
 「君は昼間ジュースを拾ってくれた子だね」
 七重も驚いた。離れて座っていた真次も気づいて彼女を見た。七重も真次を見つめた。二人とも何も言わなかったが、悪い感じを持ったわけではなかった。しかし、七重はすぐまた視線を移し、一夫に飯櫃を渡すと、家族のいる場所に戻った。
 魚を食べ、ビールを飲み、盛られた物をすっかりたいらげた若者たちは、まだしばらく茶などをすすって腹ごなしをしていた。七重たちの家族は部屋に引き上げていた。
 「なあ、商店街でもぶらぶらしようぜ」
 一夫が提案すると貴美恵は手を高く上げた。
 「賛成! 夜の潮風に当たりたい」
 「私、家にお土産を買おうかしら」と、栄美が言った。彼女は貴美恵と同学年だ。短パンとTシャツで髪はポニーテールにしている。小柄なので大学生には見えない。
 話はすぐにまとまり、若者たちは夜の海岸通りに繰り出した。
 海岸に沿った車道の片側はおびただしい数の店がゆるいカーブまで延びていた。その先まで考えると一体どのくらいの店が並んでいるのだろうか。白い壁とガラス張りの建物。サーファーが集まる場所だったから、デザインが新しかった。売っている物もハイティーン好みだ。ところどころにある食べ物屋もファーストフードみたいな雰囲気があった。派手な水着にアロハシャツをはおった若者がたくさん歩いていた。髪も化粧も今を時めいていて、見ているだけで心が浮き立った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日