ナナの夏

夏の海
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 「前のはね、泳いでたらなくなっちゃったみたい。だから、新しいのを買ったんだ」
 「そう」大輔はまばたきもせず里美の横顔を眺めた。月光に照らされてディズニーの映画に出てくるヒロインのようだった。「さっきの店で滝沢先輩に呼び寄せられてたね」
 「呼び寄せられてたって何か感じ悪いなあ」里美はきっとした眉でにらんだ。「海辺の店は海の物がたくさんあって面白いなって話し掛けてきただけ」
 「海の物か。それも楽しい言葉だ。海の物とも山の物とも……」と、大輔は妙に暗い調子で歌うように言った。
 「何か気に障る言い方だなあ。もう、放っといてよ」と、里美は、ぷいっと前を向き、それからは一言も口をきかなかった。
 海の家に戻ると、ほとんどの者が風呂に入った。二人だけ部屋に残った一夫と真次は飲み直そうかと顔を見合わせた。ところが、肝心の酒類とつまみを買い忘れていたのである。じゃあ、買いに行こうということになったが、財布などが置いてあるので、どちらかが残らなくてはならなかった。じゃんけんで負けた真次が外に出た。意外と酒屋は遠かった。店の近くまで来て真次は、道路が湾曲しているので浜辺を通る方が近道だということを悟った。たっぷり酒とつまみを買い込んだ真次が店を出ると、いつの間にか雨が降り始めていた。雷も鳴り出した。砂浜を歩いている時、雨の降り方が激しくなり過ぎて、ビーチサンダルの下を水が流れ、足を取られて転んでしまった。これはかなわないと彼は考え、近くの小屋に逃げ込んだ。それはシャワー室だった。泥だらけなのはわかったので、どれくらいひどいか確認しようと明かりを探した。狭い小屋の中であちこちぶつかっていると明かりがついた。真次がまぶしくて目をしばたたかせながら見回すと、そこに七重が立っていた。
 「あら」と、彼女は驚いて真次を見つめ、しばらくして、「ひどいわね、泥だらけよ」と、近寄った。
 「雨で浜辺が沼のようになって、足を取られたのさ」と、彼は間近に来た七重の香りを感じてたじろいだ。
 「ねえ、シャワーで落としちゃったら」
 「そうするかな」
 真次が粗末な木戸を開け放して足を流していると、七重も入ってきて足の指などを洗いだした。無言で手足を洗う二人は、互いの呼吸さえはっきりと聞き取っていた。互いの体温でひどく蒸した。七重は先に出て、すのこにしゃがんで膝を両腕で抱えた。もはやその隣以外には座る場所はなかった。彼は黙って七重の隣に座り、外の雨を見た。ひどい降り方だった。風が時折入り込み、髪や衣類の濡れたところへ吹き付けると肌寒くなる。雷が恐ろしいほどうなっている。目の前にびしゃんと轟音をたたきつけることもある。七重はそれを物も言わずに眺めていた。真次はその横顔を美しいと思った。すると、急に七重は笑いかけた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日