思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

3
大学時代の友人の訪問
「ヨッシー。」コーヒーをすすっていると遼子が書斎のドアを開けて私の顔を見た。
「門倉さんがいらしたわよ。」
私は二、三秒考えて、やっとそれが大学時代の友人であることを思い出した。
「珍しいな。すぐ下に行くよ。」
「はーい。」
彼女は軽やかな音を立てて階段を降りていった。
門倉とはもう何年も会っていない。自動車のメーカーに勤めていたはずだが、今日はまたどんな用件で来たのだろうか。車のセールスにでも来たのだろうか。しかし、彼は営業マンではなくてエンジニアだから、そんなことはしないと思う。会社が切迫しているのだろうか。しかし、切迫したからといって自動車メーカーというものは、エンジニアにまで車の売込みをさせるだろうか。私はそんなことを考えながら階段を降りた。
リビングのソファーに門倉駿はすでに座っていた。隣に奥さんがかしこまって座っていた。その隣に男の子と女の子が行儀よく座っていた。
遼子は紅茶とコーヒーを出した。
「いやあ、久しぶりだなあ。」
門倉はうれしそうに言った。
「そうだなあ、何年ぶりだったかな。前に来た時は、お子さん、まだ赤ちゃんだったよね。君たち、ずいぶん大きくなったねえ。もう小学校に入学したの?」
子供たちは恥ずかしそうにしながらも、「うん。」と答えた。
璃鴎も姿勢よく座り、珍しい客の顔をしげしげと眺めていた。
「湯本んちの男の子も大分でかくなったじゃないか。僕、何年生?」
「今度の四月で小学三年になります。」
璃鴎ははきはきとした口調で答えた。
「おお、さすが湯本の子だな。話し方がしっかりしているよ。うちの子供なんか、こういう場になると、満足に口も利けないんだからな。」
駿が横目で見ると、二人の子供はばつが悪そうにした。
「そんな、いじめちゃだめよ。もう。二人ともお行儀よくて、とてもいい子じゃない。ねぇ。」
遼子が二人をかばって、にっこりと微笑んだ。
「おばちゃんがお菓子をつくったんだけど、二人とも食べる?」
駿の子供たちは、ぱっと笑顔になった。
「食べる。食べる。」
鮮やかな彩りのフルーツタルトがテーブルに並べられると、姉弟はイチゴとキウイに関する大論争を始め出した。
「お前に大きいタルトをあげたんだから、私のイチゴとキウイが少しぐらい大きくったっていいじゃない。」
「僕、そんな大きなイチゴ食べたことないんだもん。お姉ちゃん、僕のと交換してよ。」
「私だって食べたことないもん。絶対交換しないから。」
二人がケンカを始めると、両親はいらだった。
「もう二人ともやめなさい。恥ずかしいじゃない。よそ様のお宅で言い合いしないでよね。」
門倉の奥さんは、子供たちを懸命になだめようとするが、そうすればするほど子供たちの言い合いはエスカレートしていった。
どうなるのかと心配していると、璃鴎が二人に解決策を示した。
「僕のでよかったら、まだ手をつけていないからあげるよ。」
二人は同時に喜びの光に満ちた表情を璃鴎に向けた。
「そんなぁ、わるいわよ。」
姉の方が一応遠慮してみせた。
「いいんだよ。僕はさっきお母さんの手伝いをしながらつまみ食いしたんだから。」
「ごめんね、璃鴎君。その代わり、今度おばちゃんが何かおいしいお菓子を作ってあげるから許してね。」
「ありがとうございます。」
璃鴎は門倉の奥さんにうれしそうにお礼を言った。