思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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 駿は何となくばつが悪いので、話題を変えようとして、キャビネットに平積みしてあるCDをいくつも手にとって眺めた。そして、そのうちの一つに目が留まると、私に向き直った。
 「湯本、これシュープリームスだろ。」
 「ああ。」
 「懐かしいな。小さい頃、どこへ行ってもよくかかってたよな。」
 「俺、あの頃流れていた曲を聴くのが好きで、集めてみたんだよ。」
 「こんな曲だったよな……。」
 彼は、「ララララ……。」とかなんとか言って口ずさんだが、音程の外れている箇所が多くて、子供たちに笑われた。
 「『恋はあせらず』、だろ? ちょっと、掛けてみようか。」
 私は、デッキにCDを入れた。シュープリームスが流れて、大人たちの気分は60年代に戻ったかのようだった。
 「そういえば小さい頃なんとなく聞いたことがあるような気がするけど、ボーカル、男じゃなかった?」
 門倉の奥さんが言った。
 「奥さんが小さい頃はフィル・コリンズという男性歌手がカバー曲を出して歌ってたから、奥さんが言うのはそのことでしょう。60年代にシュ―プリームスのボーカルのダイアナ・ロスが歌ったのがオリジナルなんですよ。フィル・コリンズ以外にもいろいろな人がカバーしていますよ。」
 「俺はダイアナ・ロスの方で聞いたな。」
 そう言う門倉の様子がちょっとおかしかった。動きが止まり、一点を見つめ、考え込んでいるみたいだった。
 「門倉、どうかしたか?」
 「いや、たいしたことじゃないんだけどさ。今、ふっとあることを思い出してね。」
 「なんだよ、もったいぶるなよ。」
 「別にそんなつもりはないよ。なんだか不思議な話でね。言っても笑われるような気がしてね。でも、話しちゃうかな。」
 「そんな言い方したら、ますます気になるじゃないか。早く聞かせてくれよ。」
 「私も聞きたーい。」と遼子。
 「小父さん、僕も聞きたいです。」と璃鴎も好奇心たっぷりの目でねだる。
 私はその時何気なく、門倉の奥さんの顔をちらっと見た。私の気のせいか、奥さんは苦虫を噛み潰したような顔をしているように見えた。
 友人は奥さんに気兼ねして話すのをためらっていたのかもしれない。
 しかし、彼はついに決心して、その不思議な話というものを始めた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日