思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

5
門倉の話
俺はラーメンには目がなくってねぇ。何軒か行きつけの店があるんだけどさ。そのうちの一軒がある日突如として閉店しちゃったんだよ。何の前触れもないんだよ。閉店する直前まで大勢の客で込み合っていたんだぜ。閉店しました。長らくのご愛顧ありがとうございましたとかさ、そんな文句を並べた張り紙一つなかったんだぜ。駐車場の周囲に工事現場にあるようなコーンが並べてあるだけで、それ以外は全くいつも通りなんだ。夜逃げをしたんかなぁって思ったんだよ。客は良く入っているようだったけど、内情は大変だったのかなとかさ、勝手なことを想像したりしてさ。ところがさ、ある夜ある県道を車で美岐と一緒に走っていたらさ、道がひどく込んできたんで、今まで曲がったこともない交差点を右折したんだよ。一分もしないうちに、見覚えのある看板が目に入ったんだ。
「あれぇ? この店、こんなところに移転したんだ。」
思わず俺はそう言ったんだよな。美岐、覚えてるよな? な。そしたらその店のラーメンの味を思い出して、無性に食べたくなって、二人で寄ったんだよ。店主も店員も変わってなかったが、客は他に一組しかいなかった。久しぶりにあの味に出会えてうれしくて、その時は細かいことは全然気にならなかった。帰りに駐車場を出る時、ちらっと振り向いたら、小さな墓地があったんだよ。いや、俺はそんなのは気にならなかったさ。でも、美岐が怖がってさ。
「私、あの店にはもう行かないわ。」
俺は二度と行けないとあきらめていた店を、思いがけない所で見つけたものだから、大喜びしていたんだよ。もちろん、以前の場所よりは遠くなったけど、行こうと思えばいつでも行ける距離だしな。だから、美岐に言ったのさ。
「墓なんかどこにだってあるぜ。そんなこといちいち気にしてたら、どこへも行けなくなっちまうよ。そう言わずに、また行こうぜ。」
ところが、こいつ、珍しく頑なになっちゃってよ。
「だって、すぐ裏が墓場なんて気味が悪いじゃない。ねぇ、あなたももうあの店には行かないって約束してよ。」
と言い出す始末さ。
その時は、わかったよって返事をしたんだけど、しばらくたったら、あの味が恋しくなってね。ほら、店がつぶれてもう行けないって状況なら、これはあきらめるしかないんだけど、店はあるんだからさ、どうしたって行きたくなるってのが人情だぜ。だって、俺は三度の飯がラーメンでもいいと思っているくらいだからな。それにこの店は俺の行きつけの中でも、1、2を争うほどうまいんだぜ。行くなってほうが無理さ。そうさ、それで何かの用事で昼間あの辺りを通りかかったんで、行ってみたのさ。ところがさ、いっこうに見つからないんだよ。まぁ、頻繁に通る道でもないし、おまけに暗い夜道、今まで一度も曲がったことのない交差点を右折したわけだから、無理もないかもしれないな。何度も見当をつけて曲がってみるんだけど、ないんだよ。もっともこんなことはよくあることなんだろうけどな。実際道というものは、自分が思っているよりもたくさんあるもんだよね。そんなわけで、10分ぐらいはぐるぐる探し回ったかな。ある道を何の気なしに右折したら、割とすぐ、畑の脇に小さな墓があったんだよ。その感じがあの夜見た店の裏の墓地と似ているんだな。そういうつもりで見てみると、畑の大きさと形が大体あの店の建っていた場所と同じぐらいに見えてくるんだよ。そんなはずはないんだけどさ、頭の中で、突然何の理由も知らせずに店をたたんだこととか、久しぶりに食べた夜のあの店内の寂しい様子とか、普段から口数の少ない店主と店員だったけど、あの夜はそれに輪をかけたようにひっそりと静まり返っていた様子とか、美岐が妙におびえていたこととかが一遍につながってしまって、急に鳥肌が立って、背筋がぞくぞくとしてきたんだよ。何か嫌な感じになってさ、一旦は車から降りて歩き回ってたんだけど、すぐに店を探す気は失せて、違う店に行くつもりで、車に行きかけたんだ。