思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
8
「さ、早く。」
さっちゃんがそう言って玄関の戸をがらがら開けたとたん、「あなた!」と高くて大きな声が背中でしたので、後ろを振り返ってみると、美岐が不安そうな顔をして立っていたんだ。
「あなた、この家、どなたのお宅なの?」
俺はこの言葉を聞いてはっとして自分の入ろうとしていた玄関をよく見てみた。すると、さっちゃんに招かれて入ろうとしていたのは朽ち果てた廃屋だったということに気付いた。確かにさっき見た表札はそのままあったが、さっきより30年は古く見えた。玄関の戸は使い物にならない状態だった。壁の木の板がところどころ剥げ落ちていた。窓ガラスはことごとく割れていた。その荒涼とした廃屋の玄関の開いた戸の前で俺は呆然としていた。ほどなく、俺はさっちゃんがどこかへ行ってしまったことに気付いた。俺はそんなはずはないと思って、美岐に強い口調で訊いた。
「美岐、小さな女の子がいただろ! 見なかったか?」
美岐は呆気にとられていた。
「小さな女の子? 何を言っているのよ? あなたは一人でお墓から歩いてきたのよ。」
俺は自分の耳が信じられなかった。
「そんな馬鹿な! そんなはずはないだろ。小さな女の子がずっとそばにいたんだよ。このくらいの。」
俺はさっちゃんの背丈を手で示して一生懸命説明した。
美岐は俺のことを、治る見込みのない病人でも見るような目つきで見ていた。
「じゃあ、その子は今どこにいるのよ?」
俺はあせった。そして叫んだ。
「さっちゃん! どこに行ったんだよ? 隠れてないで、出てきてくれよ。」
俺は何度も叫んだ。しかし、何の返事もなかった。俺は夢中で廃屋の中に飛び込んだ。美岐の「やめて! 崩れたらどうするのよ。」という声が頭の中を通り抜けたが、その時の俺は判断力をすっかり失っていたんだ。中は蜘蛛の巣だらけで、昼間とは思えないほど真っ暗だったから、すぐに顔一面がねばねばした糸だらけになったが、その時は全然気にならなかった。歩くたびにあちこちにぶつかった。床板を踏み抜いて、俺は転んだ。起き上がって、またさっちゃんの名を大声で呼んだ。体のあちこちを打ったけど、痛みは不思議と感じなかった。さっちゃんの返事は家のどこからも聞こえてこなかった。さっちゃんの返事の代わりに「大丈夫?」といたわりの言葉をかけて、俺の肩を強く抱いたのは美岐だった。美岐は、「お願いだからもう帰りましょう。」と言って泣いた。俺がもう一度さっちゃんの名を呼ぶと、がたりと物音を立てるものがあった。二人ははっとして、暗い家の奥を見つめた。緑色の光が二つ、闇の中に浮かんだ。
「フー!」
猫だった。しかし、そんな状況で猫のうなり声を聞いたら、誰だって飛び上がるぜ。俺は恥ずかしいほど大きな悲鳴を上げてしまったんだ。もちろん美岐もな。びっくりするとしゃっくりがとまるけど、俺はそれでやっと通常の精神状態を取り戻したんだよ。俺が、見て、聞いて、触れたあの子は実在のさっちゃんのはずがないんだってことにやっと気付いた。誰であれ30年もずっと小さな女の子をやっていられるはずがないからな。そんなことをやっと理解した俺は、今まで経験したことのないような体の震えを起こした。それは震えるというよりは痛撃だった。歯の根が合わなくて大きな音を立てた。俺は幽霊なんて見たこともないし、信じなかった。しかし、30年前の幼馴染が30年前のまま目の前に現れて、しかも、瞬時に消えてしまうなんて、一体どう解釈したらいいんだい? こんなことを実際に体験した感じはとても言葉では説明できないもんなんだな。暗い中で俺は美岐の手を取って言った。
さっちゃんがそう言って玄関の戸をがらがら開けたとたん、「あなた!」と高くて大きな声が背中でしたので、後ろを振り返ってみると、美岐が不安そうな顔をして立っていたんだ。
「あなた、この家、どなたのお宅なの?」
俺はこの言葉を聞いてはっとして自分の入ろうとしていた玄関をよく見てみた。すると、さっちゃんに招かれて入ろうとしていたのは朽ち果てた廃屋だったということに気付いた。確かにさっき見た表札はそのままあったが、さっきより30年は古く見えた。玄関の戸は使い物にならない状態だった。壁の木の板がところどころ剥げ落ちていた。窓ガラスはことごとく割れていた。その荒涼とした廃屋の玄関の開いた戸の前で俺は呆然としていた。ほどなく、俺はさっちゃんがどこかへ行ってしまったことに気付いた。俺はそんなはずはないと思って、美岐に強い口調で訊いた。
「美岐、小さな女の子がいただろ! 見なかったか?」
美岐は呆気にとられていた。
「小さな女の子? 何を言っているのよ? あなたは一人でお墓から歩いてきたのよ。」
俺は自分の耳が信じられなかった。
「そんな馬鹿な! そんなはずはないだろ。小さな女の子がずっとそばにいたんだよ。このくらいの。」
俺はさっちゃんの背丈を手で示して一生懸命説明した。
美岐は俺のことを、治る見込みのない病人でも見るような目つきで見ていた。
「じゃあ、その子は今どこにいるのよ?」
俺はあせった。そして叫んだ。
「さっちゃん! どこに行ったんだよ? 隠れてないで、出てきてくれよ。」
俺は何度も叫んだ。しかし、何の返事もなかった。俺は夢中で廃屋の中に飛び込んだ。美岐の「やめて! 崩れたらどうするのよ。」という声が頭の中を通り抜けたが、その時の俺は判断力をすっかり失っていたんだ。中は蜘蛛の巣だらけで、昼間とは思えないほど真っ暗だったから、すぐに顔一面がねばねばした糸だらけになったが、その時は全然気にならなかった。歩くたびにあちこちにぶつかった。床板を踏み抜いて、俺は転んだ。起き上がって、またさっちゃんの名を大声で呼んだ。体のあちこちを打ったけど、痛みは不思議と感じなかった。さっちゃんの返事は家のどこからも聞こえてこなかった。さっちゃんの返事の代わりに「大丈夫?」といたわりの言葉をかけて、俺の肩を強く抱いたのは美岐だった。美岐は、「お願いだからもう帰りましょう。」と言って泣いた。俺がもう一度さっちゃんの名を呼ぶと、がたりと物音を立てるものがあった。二人ははっとして、暗い家の奥を見つめた。緑色の光が二つ、闇の中に浮かんだ。
「フー!」
猫だった。しかし、そんな状況で猫のうなり声を聞いたら、誰だって飛び上がるぜ。俺は恥ずかしいほど大きな悲鳴を上げてしまったんだ。もちろん美岐もな。びっくりするとしゃっくりがとまるけど、俺はそれでやっと通常の精神状態を取り戻したんだよ。俺が、見て、聞いて、触れたあの子は実在のさっちゃんのはずがないんだってことにやっと気付いた。誰であれ30年もずっと小さな女の子をやっていられるはずがないからな。そんなことをやっと理解した俺は、今まで経験したことのないような体の震えを起こした。それは震えるというよりは痛撃だった。歯の根が合わなくて大きな音を立てた。俺は幽霊なんて見たこともないし、信じなかった。しかし、30年前の幼馴染が30年前のまま目の前に現れて、しかも、瞬時に消えてしまうなんて、一体どう解釈したらいいんだい? こんなことを実際に体験した感じはとても言葉では説明できないもんなんだな。暗い中で俺は美岐の手を取って言った。