思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
10
遼子の助言
門倉の話はそんな具合だった。途中で私たちがいろいろと質問をしたり、つっこんだりしたので、実際にはもっと長い話だったろう。しかし、それにしても不思議な話だった。璃鴎と遼子は初めから最後まで目を輝かして聞いていた。門倉の奥さんは、少し不愉快な表情をしているような気がした。たわいない子供の頃の話でも、誰かと結婚の約束をしたとあっては穏やかではないのだろう。門倉は、こういう話を聞いた後で見るせいかもしれないが、かなり元気がない感じだ。私は、門倉の力になってあげたい気がした。そこで、門倉夫妻に予備知識を与えた上で、遼子にこんなふうに水を向けてみた。
「実は、遼子には霊感のようなものがあって、夢でこれから起こることを見たり、誰かに異変があることを予測したりするんだよ。遼子、門倉の体験したことって、このまま放っておいても大丈夫なのか?」
遼子はこの方面の力を持っていることはあまり人に知られたくないと考えているのだが、門倉家にとって切迫した事態なので、なんとか力になってやりたいと考えたようだった。
「うーん、どうなのかな? 心配しなくてもいいとは思うけれども、さっちゃんって子は門倉さんに会いたいんでしょうから、放っておくとまた姿を見せるでしょうね。」
「それはやっぱりいやだよ。なんとかならないかな?」
「さあ、どうでしょうね?」
「奥さん、私からもお願いするわ。」
美岐も真顔で頼み込んだ。
「そうね、じゃあ、何でもいいから、神社かお寺で魔除けのお札をもらってきて、その子の仏壇か何かにあげてみたらどうかしら?」
「お札って、例えばどんな?」
門倉の奥さんが訊いた。
「どんなものでもいいのよ。ただし、神主さんとかによく話して、必ず御祓いをしてもらって下さい。」
「ありがとうございます。本当に私、あれ以来気持ちが落ち着かなかったんです。奥さんのおっしゃるようにやってみますわ。」
門倉の奥さんが、初め見た時から何か不安そうな顔つきをしていたのはこういうわけだったのだなと、私は思った。彼女は遼子の助言を聞いて、初めて明るい顔になった。余程不安だったのだろうと、私は気の毒になった。
その時、急に璃鴎が立ち上がって、どこか部屋の一点を見つめた。
「どうしたの、璃鴎?」
遼子が訊いた。
「何でもない。気のせいだったよ。」
門倉夫妻は璃鴎の様子を不審に思ったので、私が説明した。
「驚かして悪いね。璃鴎も霊感があるみたいでね。璃鴎の方は霊をはっきり見ることがあるんだよ。遼子は全体を漠然と感じ取るけど、霊そのものをはっきり見ることはあまりないらしい。二人が気持ちを合わせると、さらに感度が高まるらしいんだ。よくできた親子だよ。」
「じゃあ、璃鴎君は、今何か霊を見たというのかい?」
「わからないんです。何かちらっと見えた気がしたんですけど、よくわからないうちに消えてしまったんです。それと……。」
璃鴎は言いよどんだ。
「それと、なんだい?」
「いえ、なんでもないんです。」
「璃鴎君、何か少しでもわかったことがあるのなら教えてね。」
門倉の奥さんは小さな子供の璃鴎にまで頭を下げた。
「はい。でも、本当に勘違いだったんですよ。また何かわかったら必ず言います。」
「お姉ちゃん、それ僕のだよ!」
「いいじゃない。ちょっと貸しなさいよ。」
大人の話を最後まで黙って聞いていた璃鴎とは対照的に、すぐに話に飽きてしまって、おもちゃで遊んでいた門倉の子供たちが、またケンカを始めた。それで、この話は途切れてしまった。
「もう、またケンカしているの? よそのうちではケンカをしないでって言ってるでしょ!」
門倉の奥さんが二人を制した。それがきっかけとなって、門倉一家は引き上げることになった。