思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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11

 「無事に御祓いを済ませたら、報告に来るからな。」
 車の窓から彼がそう言った時、私はあることに気付いた。
 「おい、門倉、お前、今日はこの話をするために俺んとこへ来たのか? 何か用事があったんじゃないのか?」
 門倉は素っ頓狂な声を出した。
 「あ、そうだ。これこれ、これを返しに来たんだよ。」
 門倉は車内灯を点けて、バッグの中を少しの間引っ掻き回していた。車のエンジンだけが夜のしじまに鳴り響いた。
 「あった!」
 門倉は私の目の前にガラスで出来た棒状の物を差し出した。私は最初それが何であるかわからなかったが、目を凝らしてみたらやっと体温計であることが分かった。
 「体温計?」
 私は当惑をそのまま口にしてみた。
 「ああ、昔お前から借りたものだよ。大学1年の時だったかな? この間、部屋の掃除をしていたら出てきてさ、まぁ、わざわざ返すこともないかなとは思ったんだけど、借りた相手がはっきりわかっているのに返さないのは気持ち悪いしさ、それに久しぶりにお前に会いたかったしな。」
 私はわざわざ返さなくても構わないのにと言いながらも、その衛生器具を受け取った。そして、門倉の車が小さくなるまで手を振って見送った。
 門倉が帰った後、私は璃鴎に尋ねた。
 「お前が見たのは気のせいだったというのは本当のことなのか?」
 璃鴎は私に対して非常に素直に答えた。
 「実はね、門倉のおじさんのすぐ後ろに目の細い、かわいらしい女の子が立って、僕を見ていたんだよ。」
 私はもしやそんなことではないかと思っていた。
 「何でそのことを教えてあげなかったんだい?」
 「僕も言おうと思ったんだけど、門倉の小父さん、怖がっていたし、それに……。」
 「それに、何よ?」
 遼子が畳み掛けて訊いた。
 「うーん、何て説明すればいいかわからないんだけど、とにかくその時はどうしても話ができなかったんだよ。そういう気分になっちゃったんだ。お客さんが来ていたということで、普段とは違って、緊張していたせいかもしれないんだけれどね。」
 「ふーん、何だか不思議ね。」
 「ところでさ。」
 璃鴎はいつも遠慮深い子供なのだが、その時は珍しく、大人の話に口を挟むまねをした。
 「その霊の御祓い、本当に門倉の小父さんと小母さん、しちゃうかな?」
 「どうして?」
 「これも何だか説明できないんだけど、何となく気が進まないんだ。」
 「気が進まないって、璃鴎の問題じゃなくて、門倉さんにとっての重大問題なんだよ。」
 「うん、わかってる。ただ、その女の子の思いを考えるとちょっと気の毒だなって思ってね。」
 「それはそうだけど、仕方ないじゃない。本当に門倉さんも奥さんもおびえているんだからさぁ。ねぇ、あなた?」
 「ああ、まぁ、そうだな。門倉だって、心が痛むに違いないけど、精神衛生上いたしかたない措置だよ。」
 「はい、ごめんなさい。変なことを言い出しちゃって。」
 璃鴎はいつもながら素直に親の意見を聞き、就寝の挨拶をしてベッドに向かった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日