思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
12
湖山翔子
私たちもほどなく寝室に入った。遼子が隣で寝入ってからも、私は妙に目が冴えて眠れなかった。私の判断も遼子の判断も、この場合最も適切なものだったには違いない。全く無害な霊だとしても、やはり目の前に現れてはほしくないものである。最近はいろいろな人が出てきたから、困らないという人もいるかもしれない。しかし、少なくとも私はそういうことは遠慮したいものだと思っている。門倉も大いに困っていたようだったから、私と遼子のしたことは彼らにとってありがたいことであるには違いない。でも、璃鴎はなぜ御祓いに対して否定的なことを言ったんだろうか? 私はそのことをもう少しよく考えてみようとした。しかし、それ以上は考えを深められなかった。何しろ彼のそういう能力について、遼子はともかく、私は、具体的なところなどはさっぱりわからないのだから。私は無駄なことは早々に切り上げて、門倉と過ごした大学時代のことを思い浮かべた。高校の同級生の門倉と同じ大学に進学し、一緒にアパートを探し、同じ階に住むようになった。初めの頃はいつも、大学の図書館で夜遅くまで勉強してから、アパートに戻った。途中で買った持ち帰り弁当を門倉の部屋で食べながらビールを飲むのが日課になった。彼と私は学部が違うので、一緒の講義に出ることはめったにないのだが、それでも1年の時は一緒に英語の講義を取ったりした。門倉は社交的で、女の子にも物怖じしなかった。一方、私は人一倍はにかみ屋で、女の子に話し掛けることなどなく、いつも遠くからうわさになる誰それを眺めるのが関の山だった。
ある時、先に図書館で翌日の予習をしていると、門倉は女の子を二人連れてきた。二人ともとてもかわいい女の子だった。門倉は工学部の同級生だと紹介した。一人は湖山翔子、……もう一人の名は忘れてしまった。湖山はとても美しい女子大生だった。そんな美人とすぐ仲良くなれる門倉がとてもうらやましかった。私たち4人はその時から毎日のように図書館で勉強するようになった。門倉は翔子と、私はもう一人の女の子と、という形がいつの間にか出来上がっていった。私とその女の子は勉強することを目的とした共同作業チームでしかなく、どことなく気詰まりな雰囲気があった。それに対して門倉と翔子は、勉強は単なるきっかけにすぎなくて、それよりもむしろ二人で楽しく話をすることの方が重要だったようだ。男女のことに疎い私はそういうことに何の注意も払わなかったから、少しずつ4人の関係が変化していくことに気付かなかった。
私は毎日のようにこの4人で勉強するということが、いつまでも続くように思っていた。門倉たちが周りには二人以外に誰も存在しないかのように振舞うので、もう一人の女の子はどうしても私を話し相手にせざるを得なかった。しかし、私と何か勉強以外の話をしてもすぐ途切れてしまうから、二人は自然と勉強以外の話題をかわさないようになっていった。それでさえも必要最小限でしかなかった。彼女はきっと退屈だったんだろう。ところが私は一向に彼女の手持ち無沙汰な様子に気付かなかった。彼女が時々、テーブルの反対側で楽しそうにしている門倉たちの方を見やっていることにも、別段深く心を留めることはなかった。そういう類のことの意味は皆、余程後になってから認識するのが、私の常であった。
ある時、彼女だけがいつもの時間に来なかった。私が何も聞かないのに翔子は、彼女は講義の内容でわからないところを教授に聞きに行ったと教えてくれた。「すぐ来るって言ってたわよ。」と翔子は言った。しかし結局、彼女は来なかった。次の日も彼女は来なかった。珍しく私の方から訊ねると、翔子は、「今日も教わりに行っているみたい。」と、そっけなく言った。その時は、その通りなのだろうと、素直に思っただけだったが、三日続けて彼女が来なくなって、初めて私は自分の置かれている状況を考え始めた。門倉と翔子はべったり話しこんでいて、どう見ても恋人同士であった。私は二人の時間に割り込んだ邪魔者にすぎなかった。私は自分の愚かさを呪い、その翌日は図書館へは行かず、一人きりで自分の部屋で勉強した。夕食も一人で食べることにした。門倉とは、日に日に疎遠になっていった。