思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

14
彼女は簡単だが、ばつが悪そうに言った。私は動揺が隠せなかった。いつか聞いた甲高い声が耳の奥で鳴り響いているような気がした。そう簡単に出会えそうもないきれいな女の子が、門倉とあっという間に深い仲になって、しかもそれほど経たないうちに別れたということは、私にはとてもショックだった。このように世の中の数知れない美しい若い女たちが、彼女と同じようなことをして、表面上は何気なさそうにしているのだろうか? それとも女性一般というものが、こういうものなのだろうか? 確かに、テレビや雑誌にあふれかえっている、年頃の男性を刺激する情報から、女のいわゆる「実態」というものを吹き込まれてはいたが、実際の女に対してはなぜかそれを信じることができなくて、私は女性一般に対して無意識のうちに清らかさを求めていた。だから、その時の私が、翔子のあまりにも節操のない身の処し方に接して、めまいがして、吐いてしまいたいような気分になったとしても、そんな不思議なことではなかったのである。ところが翔子は、そんな私にはおかまいなしに、さらに私を驚かせるようなことを、極めて明るく、しかも楽しそうに言った。
「ねぇ、湯本君、夕ご飯、一緒に食べようよ。パスタのおいしい店があるのよ。湯本君、パスタ、嫌い?」
節操のない女は一般的に許せないという私の基本的な立場とは全く無関係に、その時私は私自身の中に、彼女にどうしようもなく心を動かされる自分がいることを認識せざるを得なかった。そして私は翔子に言われるままに彼女の車に乗った。彼女の車の中は花と果物の匂いがした。ダッシュボードの上に置かれた芳香剤には「WHITE APPLE」と書いてあった。本当にリンゴみたいにすっきりした香りがしていた。いい音の鳴り響くスピーカーからは、甘く切ない恋の終わりを歌う、女性アイドルの声が流れていた。澄みきった夕闇をこのままどこまでも走り続けたいという気分がした。
パスタ店のバラの花で飾られたテーブルで向き合うと、彼女は言った。
「湯本君は、彼女、いないの?」
「いないよ。」
「じゃあ、私と付き合わない?」
私は次々に信じがたいことばかり続くので、ぼうっとして、口を開けたまま、間の抜けた顔を彼女に見せていた。彼女は私の驚きには構わずに、話を続けた。
「私、湯本君を見た時、タイプだなって思ったんだ。真面目でこつこつする人、好きなのよ。私のこと、嫌いかしら?」
私は何と言ったらいいか困り、黙って彼女の愛らしい口元を見ていた。すると彼女は、私の考えそうなことを勝手に推測して、口にした。
「わかった、門倉君のこと、気にしているんでしょ? 門倉君とはまだはっきり別れたわけじゃないの。はじめは楽しい人だなって思ったんだけど、長くやっていくにはわずらわしいの。ハン。ごめんなさい。私、ひどいこと言ってるね。」
その時の、息をつくとも、息を吸うとも知れない、「ハン。」という、彼女の立てたかすかな声が、私の中のいくつかの重要な回路を働かせてしまった。
「私は軽い子だよね。私が真面目に、湯本君みたいに静かで真面目な人を気に入っているんだと言っても、信じてくれるわけないよね。」
私は、私の判断力や分別、思想とは全く関係なく、反射的にその言葉を否定した。
「そんなことないよ。ただ、あまりにも急だったんで……。」
「そうだよね。」
彼女は、少し落とした声のトーンを再び上げて、そのことが世の中で最も楽しいことであるかのように提案した。
「ね、じゃあ、普通の友達として、映画観たり、コーヒー飲んだりしてみようよ。どう? 今度の土曜日、暇? 映画、観に行こうよ。」
私は、「今度の土曜日」という日が、世の中で最も幸せな日であるように感じた。「今度の土曜日」か。「今度の土曜日」ってなんて素敵な日なんだろう。私は彼女と「今度の土曜日」に会う約束をした。本当は冷静な判断によって答えるべき言葉があったはずなのに、私は美しい彼女の顔に幻惑されて、それを口に出せなかったのだ。美しい装飾に引き寄せられて飲み込まれていく小さな魚になったような気分だった。そして、不思議なことは、彼女の言葉がたとえ罠だったとしても、私はやはりそのように返事したろうということだった。門倉もこんなふうに彼女に吸い寄せられていったのかもしれない。翔子にあっけなくも愛想を尽かされた門倉と同様に、私もすぐに厭きられて捨てられるのかもしれない。しかし、それでもいいと思った。
「ねぇ、湯本君、夕ご飯、一緒に食べようよ。パスタのおいしい店があるのよ。湯本君、パスタ、嫌い?」
節操のない女は一般的に許せないという私の基本的な立場とは全く無関係に、その時私は私自身の中に、彼女にどうしようもなく心を動かされる自分がいることを認識せざるを得なかった。そして私は翔子に言われるままに彼女の車に乗った。彼女の車の中は花と果物の匂いがした。ダッシュボードの上に置かれた芳香剤には「WHITE APPLE」と書いてあった。本当にリンゴみたいにすっきりした香りがしていた。いい音の鳴り響くスピーカーからは、甘く切ない恋の終わりを歌う、女性アイドルの声が流れていた。澄みきった夕闇をこのままどこまでも走り続けたいという気分がした。
パスタ店のバラの花で飾られたテーブルで向き合うと、彼女は言った。
「湯本君は、彼女、いないの?」
「いないよ。」
「じゃあ、私と付き合わない?」
私は次々に信じがたいことばかり続くので、ぼうっとして、口を開けたまま、間の抜けた顔を彼女に見せていた。彼女は私の驚きには構わずに、話を続けた。
「私、湯本君を見た時、タイプだなって思ったんだ。真面目でこつこつする人、好きなのよ。私のこと、嫌いかしら?」
私は何と言ったらいいか困り、黙って彼女の愛らしい口元を見ていた。すると彼女は、私の考えそうなことを勝手に推測して、口にした。
「わかった、門倉君のこと、気にしているんでしょ? 門倉君とはまだはっきり別れたわけじゃないの。はじめは楽しい人だなって思ったんだけど、長くやっていくにはわずらわしいの。ハン。ごめんなさい。私、ひどいこと言ってるね。」
その時の、息をつくとも、息を吸うとも知れない、「ハン。」という、彼女の立てたかすかな声が、私の中のいくつかの重要な回路を働かせてしまった。
「私は軽い子だよね。私が真面目に、湯本君みたいに静かで真面目な人を気に入っているんだと言っても、信じてくれるわけないよね。」
私は、私の判断力や分別、思想とは全く関係なく、反射的にその言葉を否定した。
「そんなことないよ。ただ、あまりにも急だったんで……。」
「そうだよね。」
彼女は、少し落とした声のトーンを再び上げて、そのことが世の中で最も楽しいことであるかのように提案した。
「ね、じゃあ、普通の友達として、映画観たり、コーヒー飲んだりしてみようよ。どう? 今度の土曜日、暇? 映画、観に行こうよ。」
私は、「今度の土曜日」という日が、世の中で最も幸せな日であるように感じた。「今度の土曜日」か。「今度の土曜日」ってなんて素敵な日なんだろう。私は彼女と「今度の土曜日」に会う約束をした。本当は冷静な判断によって答えるべき言葉があったはずなのに、私は美しい彼女の顔に幻惑されて、それを口に出せなかったのだ。美しい装飾に引き寄せられて飲み込まれていく小さな魚になったような気分だった。そして、不思議なことは、彼女の言葉がたとえ罠だったとしても、私はやはりそのように返事したろうということだった。門倉もこんなふうに彼女に吸い寄せられていったのかもしれない。翔子にあっけなくも愛想を尽かされた門倉と同様に、私もすぐに厭きられて捨てられるのかもしれない。しかし、それでもいいと思った。