思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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15

 彼女と別れ、アパートに戻ると、門倉がうつけたような顔をして私の部屋に来た。ウイスキーの大瓶を持っていた。
 「おい、飯、食おうぜ。」
 私は、彼がやけになっているように見えて、一瞬ぎくりとした。今日のことを感づかれたかなと、不安になった。彼は、畳にあぐらをかいて、ウイスキーをラッパ飲みすると、「俺は死にたいよ。翔子と会えないんだよ。会っても、約束があると言って、すぐ行ってしまうんだよ。悪いな。ぐち、言いに来て。だって、お前ぐらいしか聞いてくれる人、いないからさ。」と言った。私は、彼に何て言えばいいかわからなくて、当たり障りのないことを言った。彼は、どこかへ食べに行こうとするでもなく、ひたすらウイスキーを飲み続けた。彼の言葉の中に、私と翔子を結び付ける何物をもついに見出すことができなかったので、私は次第に気持ちに余裕を取り戻していった。と同時に、彼の心が翔子とのことで相当傷付いていることに気付いた。私は彼を慰め始めた。しかしそれはほとんど意味をなさなかった。彼の魂はすっかり翔子に吸い取られてしまったようだった。彼はそのうちに苦痛を訴えだした。すき腹にウイスキーを大量に流し込んだため、内臓がおかしくなったのだろう。私はそれから数時間、つきっきりで彼の介抱をした。その間彼は涙を流し、翔子の名を叫び続けた。そして、私が目を離すと、ウイスキーの瓶に手を伸ばそうとした。私は強く彼を叱りつけた。
 「もうやめるんだ。本当に死ぬぞ!」
 「死ぬんだ。俺はもう死ぬんだ。手を離せ! 俺の酒だぞ。」
 「おい門倉、しばらく会ってないだけで、そんなに確定的に言うことはないじゃないか。」
 「確定的なんだよ。決まってるんだよ。はっきりしているんだよ。」
 「別に何かはっきりしたことを言われたわけじゃないんだろ?」
 「言われなくてもわかるだろ? 俺はそこまで馬鹿じゃないからな。」
 「直接聞いてみなければわかんないだろ?」
 この時私はひやひやしていたが、顔には出さなかった。
 「目とか口の動きを見ればわかるんだよ。肩を抱こうとして近寄ると、体がすっと離れていくんだよ。俺はきっと何かしてはいけないことをしてしまったんだろう。それで翔子に嫌われたんだ。終わりだ。絶望的だ。」
 私は、なおもあれこれと彼を慰めたが、やはりほとんど効果はなかった。
 「仮に、もしお前が言う通りだとしても、他に女の子はたくさんいるだろ? 湖山さんがだめだとすれば、別の女を見つければいいだろ? お前は女の子と仲良くなるのが得意じゃないか。」
 「うるせぇ! 仮にでもそんなこと言うな。俺にとって女は翔子一人なんだ。」
 「じゃあ、もし湖山さんが死んだらどうするんだよ?」
 「お前、嫌なことを言うなよ。俺はな、翔子が死んだら、死ぬよ。」
 「じゃあ、湖山さんが初めからいなかったと思ってみたらどうだ?」
 「そんなこと思えるわけねぇだろ。俺の生きがいは、翔子なんだ。翔子がいることが、俺を生かしているんだ。」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日