思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

19
彼が何も答えなかったので、私はとにかく彼に離れずについていってみようと思った。数分後、彼と私は並木ハイツの階段を音を立てて昇った。もう夜は白々と明けようとしていた。月と星が美しかった。ほの白い月光に照らし出された翔子の部屋のドアがとても古びているように見えた。
「トントントントントントン!」
門倉はまるでノックをする機械になったみたいだった。このまま永遠にノックの音が止まることはないのかもしれないと思った頃、彼は勢いよく階段を駆け降りて、電話ボックスに入った。彼はそこから戻ると、一息に言った。
「間違いない。湖山翔子は病院に運ばれた。俺はすぐに行ってみる。お前はどうする?」
私は行くと返事した。門倉と私はアパートに戻り、裏手の駐車場に回った。門倉の車に私は乗せてもらい、車窓に未明の街の風景が流れていくのを眺めた。ほとんど車は走っていなく、ほとんど人も歩いていなかった。この星には私たち以外にほとんど人が住まなくなってしまったのではないかと思うぐらいだった。15分後、私たちは総合病院の中にいた。明け方だというのに、集中治療室の前は人でいっぱいだった。この世の中に存在する人が全て病院の集中治療室に押し寄せてきたのではないかと思うぐらいだった。しかしそこは決して生気のみなぎっている場所ではなかった。水槽に泳ぐ色とりどりの魚たちまでもが、悲しみのためうつむいているのではないかと錯覚するほど、人々の表情は暗然としていた。翔子の父親と母親は嗚咽しながら、私たちに礼を述べた。伯父、叔母、兄弟、いとこ、などといった肉親や親類縁者に混じって、大学生らしき男女も駆けつけていた。門倉の知り合いもいたようだ。門倉がクラスメートと話し込んだので、私はロビーまで移動し、寒そうな色をしているソファーに腰を下ろした。
翔子のいとこらしき小さな女の子が私の横に立って、治療室の方をじっと見ていた。たくさんいる眠たげな子供たちと比べても、その女の子は一際整った顔立ちをしていた。翔子のような美人が生まれやすい家系なのだろうなと、私はぼんやり考えた。
急に騒がしくなった。医者が説明に出てきたのだ。ため息が漏れ、啜り泣きが増え、嗚咽が高まった。だめだったのだ。集中治療室の前にいる門倉は大きな手で涙をぬぐっていた。私は複雑な心境だった。おそらく翔子と最後に話をしたのが私だ。翔子の明るく美しい笑顔がはっきりと脳裏に焼きついている。その人が今死んでいるとは到底信じられるものではない。一方、私は翔子の変わり果てた姿をこの目で見た、そう多くはない目撃者の一人でもあった。そのあまりにも異様な姿は美しかった翔子が死んだという感じを私に与えなかった。両者は私にとって別々のものだった。私の心の中にはまだ「今度の土曜日」に会う翔子が存在していて、私の心の中の別の私は彼女に会うための計画を進めている。頭がぐらぐらしてきたので、私は他のことに意識を向けようとして、先程の女の子を何気なく見た。すると、その子も私を見てにっこりとした。笑っているのに、生気というものが感じられなかった。目が座っているように見えた。それはそうかもしれない。身近な者が死んで、誰もが悲しみに包まれているという光景は、これまでほとんど経験のないほど重く暗い感じを、きっとこの子にもたらしただろうから。
「トントントントントントン!」
門倉はまるでノックをする機械になったみたいだった。このまま永遠にノックの音が止まることはないのかもしれないと思った頃、彼は勢いよく階段を駆け降りて、電話ボックスに入った。彼はそこから戻ると、一息に言った。
「間違いない。湖山翔子は病院に運ばれた。俺はすぐに行ってみる。お前はどうする?」
私は行くと返事した。門倉と私はアパートに戻り、裏手の駐車場に回った。門倉の車に私は乗せてもらい、車窓に未明の街の風景が流れていくのを眺めた。ほとんど車は走っていなく、ほとんど人も歩いていなかった。この星には私たち以外にほとんど人が住まなくなってしまったのではないかと思うぐらいだった。15分後、私たちは総合病院の中にいた。明け方だというのに、集中治療室の前は人でいっぱいだった。この世の中に存在する人が全て病院の集中治療室に押し寄せてきたのではないかと思うぐらいだった。しかしそこは決して生気のみなぎっている場所ではなかった。水槽に泳ぐ色とりどりの魚たちまでもが、悲しみのためうつむいているのではないかと錯覚するほど、人々の表情は暗然としていた。翔子の父親と母親は嗚咽しながら、私たちに礼を述べた。伯父、叔母、兄弟、いとこ、などといった肉親や親類縁者に混じって、大学生らしき男女も駆けつけていた。門倉の知り合いもいたようだ。門倉がクラスメートと話し込んだので、私はロビーまで移動し、寒そうな色をしているソファーに腰を下ろした。
翔子のいとこらしき小さな女の子が私の横に立って、治療室の方をじっと見ていた。たくさんいる眠たげな子供たちと比べても、その女の子は一際整った顔立ちをしていた。翔子のような美人が生まれやすい家系なのだろうなと、私はぼんやり考えた。
急に騒がしくなった。医者が説明に出てきたのだ。ため息が漏れ、啜り泣きが増え、嗚咽が高まった。だめだったのだ。集中治療室の前にいる門倉は大きな手で涙をぬぐっていた。私は複雑な心境だった。おそらく翔子と最後に話をしたのが私だ。翔子の明るく美しい笑顔がはっきりと脳裏に焼きついている。その人が今死んでいるとは到底信じられるものではない。一方、私は翔子の変わり果てた姿をこの目で見た、そう多くはない目撃者の一人でもあった。そのあまりにも異様な姿は美しかった翔子が死んだという感じを私に与えなかった。両者は私にとって別々のものだった。私の心の中にはまだ「今度の土曜日」に会う翔子が存在していて、私の心の中の別の私は彼女に会うための計画を進めている。頭がぐらぐらしてきたので、私は他のことに意識を向けようとして、先程の女の子を何気なく見た。すると、その子も私を見てにっこりとした。笑っているのに、生気というものが感じられなかった。目が座っているように見えた。それはそうかもしれない。身近な者が死んで、誰もが悲しみに包まれているという光景は、これまでほとんど経験のないほど重く暗い感じを、きっとこの子にもたらしただろうから。