思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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25

 「あなた、璃鴎がここまで言うんだから連れて行ってやろうよ。」
 「何だよ。お母さんは璃鴎に説得されちゃったのか?」
 「そうじゃないわよ。でも、私より霊の存在を強く感じ取れる璃鴎が気になるなら、きっと私にも判断できなかった何か重要なことがあるのかもしれないと思うの。あなたにはきっと分からないと思うけど、何かが璃鴎の力を求めているのよ。そうでもなければ、この子があなたに頼み込んだりはしないわ。よっぽどのことなのよ。きっと。」
 「お前が言った御祓いだけじゃだめなのか?」
 「わかんないのよ。私もそれが最善の策と思ったんだけど、璃鴎が言うんじゃねえ。」
 私は遼子の言うことも判断材料にして、再び思案したが、やはり却下するしかないと結論付けた。
 「とにかく俺は得たいの知れないものとかかわるのは嫌だ。お前たちにもかかわらせたくない。お前たちもこのことはもう忘れるんだ。」
 「わかったわ。」
 遼子は素直にそう言った。そして、璃鴎に言い聞かせ始めた。それを見て、私は安心して書斎に入った。
 私は大抵休日も、講義の内容や自分の研究内容にかかわる調べごとをしている。その日は久しぶりに、調べようとすることが順調に見つかり、気分がよかった。昼食後も同様であった。午後2時半を過ぎた頃、璃鴎がコーヒーと菓子を運んできてくれた。アップルパイがつやつやと光っていて、私の食欲をそそった。遼子の焼くアップルパイは、休日のコーヒーブレイクには割りとよく登場するものだった。
 璃鴎はトレーを私の大きな机の一隅に置いて、静かに立っていた。私が彼の顔を見つめると、彼は照れて笑っていた。
 「どうした? 何か言いたいことがあるのか?」
 私がそう訊ねると、彼はおずおずと切り出した。
 「朝、お父さんに言われたら、僕、ディズニーランドに行きたくなったんだ。今度の休みに連れて行ってほしいな。」
 「なんだい、ずいぶん急に考えが変わるじゃないか?」
 彼はそのまま行儀よく立っていた。
 子供がディズニーランドに連れて行ってとねだるのとはちょっと違うなと、私は思った。何か違和感がある。しかし、ディズニーランドにでも連れて行けと言えと彼に言った手前、私には彼のこの要求を却下することは難しいように思われた。きっと、私が却下できない要望を提出することによって、彼は何かもっと大きな獲物を得ようとしているに違いない。しかし、私にはその先が読めなかった。彼とのやり取りは、まるでチェスか将棋のようである。そして、私はそのどちらでも彼に全く太刀打ちできないだろう。璃鴎と私の心理戦において、おそらく私の勝つ確率は0.01%未満であろう。全く威圧感のない彼の静かな瞳に、なぜだか無性に私は圧迫させられていた。私はほとんど璃鴎に答えを言わせられているようなものだった。
 「わかった。ディズニーランドに連れていくよ。」
 璃鴎はぺこんと頭を下げた。
 「お父さん、ありがとう。」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日