思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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遼子の頼みごと

 璃鴎の要望の裏にあるものがはっきりわかったのは、次の休日の二日前だった。
 その晩に遼子は二人の学生を連れてきた。
 そして、申し訳なさそうに私に頼み込んだ。
 「ねぇ、あなた。私の講義を取っている学生に個人教授して下さらない? あなたの方が詳しい分野なのよ。」
 私たちは二人とも『源氏物語』の研究者であるが、得意分野は違う。私は世間では「匂宮」の大家だということになっている。それに対して遼子は、「六条御息所」とか「夕顔」など、いわゆる怪異現象に造詣が深い。だから、これまでも私たちはよく互いの学生の面倒を見合うことがあった。
 遼子の連れてきた学生は二人とも女子だった。しかもすばらしい美人だった。そのうちの一人は医学部の1年生で学内1の美貌だということだ。その美女たちからもしきりに頼まれたので、私も悪い返事をすることが難しかった。
 「今日はね、二人は遊びに来ただけなのよ。個人教授は今度のお休みにやってもらいたいの。でも、ディズニーランドに行くことにしてたのよね。ねぇ、わがままついでなんだけど、私と璃鴎はディズニーに行ってもいいかしら?」
 私は、遼子と璃鴎の恐るべき企みがついにわかり、あきれ果てて、口を馬鹿のように開けるしかなかった。その私の目の前に美しい女子大生がほほえんでいる。私は彼らの作戦の前に完全な敗北を喫したことを了解した。そして、全く何の抵抗もせずに彼らの思い通りになることが、私にとって最上の選択であると判断した。冷静に考えれば彼らの要求は私に何の損害も与えないし、その見返りに提供されたものは私にこの上ない喜びを与えたからだ。私は、ディズニーでも墓地でも好きな所へ行ってくれと、心の中で叫んだ。
 二人の娘たちは、璃鴎をかわいがった。我が家のささやかな夕食はとても華やかなものになった。
 「璃鴎君って、いい名前だよねぇ。」
 医学部1年生で頭脳明晰、明眸皓歯のうら若き乙女こと、蒲生茉梨絵がかわいらしい声でそう言った。
 「遼子先生が付けたんですか?」
 「違うわよ。芳彦さんが付けたのよ。」
 とたんに理知的かつ悩ましい目で茉梨絵は私の方を見る。
 「芳彦先生がお付けになったんですか。本当にいい名前ですね。」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日