思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
prev

27

 教養課程で「宇治十帖」に関するレポートを課す遼子もすごいが、茉梨絵は、前々から『源氏物語』の、特に浮舟と薫の恋のエピソードが好きで、何度も何度も読んだことがあるというのだが、それもすごいことである。彼女は、文学の准教授である遼子に惹かれて、研究室におそるおそる質問に来てから、すっかり遼子の所へ来るのが習慣になったのだそうだ。
 「今度の休みは、二人の相手をお願いね。レポートの締め切りが月曜日なのよ。」
 「全く、遼子先生が締め切りを決めたのに、自分は遊びに行って、旦那さんに学生の指導を押し付けるなんて、ひどいなぁ。」
 茉梨絵が口を挟んだ。
 「ごめんなさい。でも、『宇治十帖』だったら、旦那に訊いた方が絶対早いわよ。あなた、旦那に取り計らっただけでも感謝しなさいよ。本当は家族でディズニーランドに行くはずだったんだから。」
 「あら、先生、そうしてもかまわないのに。」
 「でも、締め切りは変えないわよ。そのあとだっていろいろスケジュールがあるんだから。」
 遼子は私のカップに開けたてのビールを注いだ。
 「あなた、そういうことなの。この子たち、あなたに教わらないと、レポートの締め切りに間に合わせられないの。嫌じゃないでしょ。こんなかわいい女の子たち二人と休日を過ごせるんだから。お昼は好きな所へ行って、おいしいものをご馳走してやってね。」
 私は、璃鴎と遼子の企みに乗って、騙された振りをした。二人は決してディズニーランドに行くのではない。あの女の子の墓を調べに行くのである。私は何か起こったら大変だと心配していたのだが、よく考えてみればそんな必要はなかった。やや因縁めいた墓地に行ったぐらいで、不思議な能力を持つ二人が何らかの深刻な影響を受けるとは考えにくかった。また、休日を学生たちに教えて過ごすのも楽しそうだ。きれいな女子学生であればなおさらのことである。もう一人の学生は、60年代に『夢みるシャンソン人形』で大ヒットした、フランス・ギャルのようなかわいい顔をしていた。どうも最近の日本人女性はみんなきれいになった。やはり、生活レベルが向上したのに伴って、ファッションセンスも磨かれたのだろうか。
 「芳彦先生、それでは今度の土曜日はよろしくお願いします。今日はどうもご馳走様でした。璃鴎君、またね。」
 二人の娘は、余韻を残して、にぎやかに去っていった。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日