思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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28

門倉再び

 土曜日をいつの間にか楽しみにしていた私は、金曜の晩、門倉が再びやってきた時、上機嫌であったことも手伝って、しきりに「晩飯でも食べていかないか。」と誘った。璃鴎と遼子も、明日、かねての望みを果たせるということで、機嫌がよかった。門倉の奥さんも、前回のように暗い表情はしておらず、「あら、お邪魔じゃないかしら。」と楽しそうに言いつつ、上がり込んで、早速遼子と話に花を咲かせていた。今日は二人の子供たちは連れていなかった。子供たちがいない解放感もあるのだろうと、私は思った。ただ一人門倉だけが浮かない顔をしていた。
 「どうしたんだ? お前がそんなにおとなしくしているなんて珍しいじゃないか?」
 「風邪でもひいたみたいでさ。体がだるくてどうにもならないんだよな。」
 「じゃあ、早く病院で診てもらった方がいいんじゃないか?」
 「それは大丈夫だよ。だって、美岐が看護師だろ。大きな声では言えないけど、風邪薬ぐらいだったら、自分が風邪をひいたことにして持ってこられちゃうんだよ。こういう時は嫁さんが看護師だと助かるよ。」
 「ふうん、そういうものなのかなぁ。」
 「それはそうさ。風邪ひいたくらいで医者に行くのも面倒だからな。重宝なもんだよ。そんなわけで、薬は欠かさず飲んでいるから、そのうちにはよくなると思うけどな。とにかく今は億劫で。」
 彼は本当に苦しそうだった。顔色も実に悪かった。
 遼子が紅茶を代えた。ダージリンのぶどうのような甘い香りが広がり、私も飲みたくなった。私がそう言って遼子に注いでもらうと、彼女は門倉の奥さんに話し掛けた。
 「それで、御祓いはしてもらったんですか?」
 奥さんはにこやかにうなずいた。
 「ええ、私たちが何かの折によく参詣している神社に行って、よく説明してから、御祓いしていただきました。神主さんが、仏壇かお墓に供えなさいと言って渡してくださったお札を持って、女の子の家を探して、供えてきました。」
 前回来た時、やつれてかげりのあった奥さんの容貌は、すっかり元気を取り戻し、今は周囲に明るい笑顔を振りまいていた。門倉の奥さんは実に魅力的な女性だった。ふと気が付くと、璃鴎も門倉の奥さんの横顔を見つめていた。璃鴎もやはり人の子だなぁと、私はほほえましく思った。
 遼子が夕食の用意のためにキッチンに入ると、璃鴎も「僕も手伝うよ。」と言って付いていった。しばらくすると、「あなた、ちょっと、運ぶのを手伝ってもらえないかしら。」と妻に呼ばれた。私もすぐにキッチンへ入った。すると、中で待ち受けていた遼子と璃鴎が、真剣な表情で私を見つめた。彼らが極めて小さな声で話し出したので、私は思わず耳を寄せた。
 愚妻と愚息の言葉は思いがけないものであり、私を非常に困惑させた。以下が愚息の話したところのものである。
 璃鴎は今日も門倉の後ろ辺りに、小さな女の子が立っているのを見た。その女の子は前回の時よりもはっきり見えなくて、今にも消え入りそうだった。女の子は厳しい表情で奥さんを見つめているように見えた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日