思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

32
「ポッポ。ポッポ。ポッポ。……ポッポ。」
鳩時計の3羽の鳩が11回鳴いて、再び小窓の奥に隠れた。
フランス・ギャルに似ている桃子が子供みたいにはしゃいだ。
「かわいーい。芳彦先生、この時計どうしたんですか?」
「結婚祝いに友達に買ってもらったんだよ。実用には不向きなんで外すことも考えたんだけど、結構お客さんに楽しんでもらえるんで、そのままにしてあるんだよ。すぐ時間が進んでしまうんで、時刻を合わせるのが面倒なんだよね。電波時計の方が今ちょうど11時なったよ。」
私が鳩時計について一くさり説明しているとドアチャイムが鳴った。
「あっ、先生、私が出ますよ。」
茉梨絵がそう言って客を迎え入れてくれた。
もちろん門倉だった。門倉はリビングに入ってくるなり下品な冗談を言った。
「若い女の子のいい匂いが充満しているな。大学の先生はいいな。いつも女子大生に囲まれていてな。」
「今日来ているのは遼子の教え子だよ。」
「お前の大学だって女子大生がたくさんいるんだろ?」
「まあな。」
「そら見ろ、人でなし。」
「随分人聞きの悪いことを言うなあ。」
「当たり前だよ。若くてきれいで頭のいい女の子を日常的に身の回りにたくさんはべらせている奴は、どう考えてもかたぎの人間じゃないさ。」
門倉はこんなふうに軽口を飛ばしていたが、不思議と嫌味な感じはなく、特に女の子などはそれを面白がる。二人の女の子たちも私より門倉の方が話し相手として気に入ったらしく、桃子を中心に門倉との会話を思いっきり弾ませていた。門倉の顔色は一層悪くなっていたが、女の子に囲まれた彼はとても楽しそうで、体調が悪いことを感じさせなかった。
門倉が到着したので、私の車で昼食を食べに行くことにした。私の愛車は、ホンダのインスパイアーだ。きれいにしたばかりのインスパイアーに、若い女の子たちを乗せるのは気分がよかった。しかし、助手席に乗せた門倉がホンダの車をいろいろとあげつらうのを聞くのは、あまり気分のよいことではなかった。アルファーノという郊外の静かなイタリア料理店に行った。少々高いが上品な娘さんたちを連れて行くにはふさわしかった。彼女たちはやはり学生だから、店の佇まいや室内装飾に度肝を抜かれ、急に襟を直したり、スカートのほこりを払ったりして、お澄ましをした。しかし、店に着くや否や、こんな上品ぶった店なんかで飯を食うつもりかとけちをつける門倉にはいささか辟易した。門倉は近所のラーメン屋に入るのと同じで、深々と頭を下げるウェイトレスに「お姉ちゃん、灰皿持ってきて。」と頼んで、「申し訳ありません。当店は禁煙なんです。」と断られ、悪態をついていた。女の子たちは何が出てきてもはしゃいでいた。サラダが出るとサラダを話題にひとしきり盛り上がった。パスタが出ると互いに交換し合って食べていた。同様にドルチェもドリンクも味見し合っていた。ドルチェを頼まなかった私と門倉はコーヒーを飲みながら彼女たちを眺めていた。門倉は思った通り薬を取り出して水で飲もうとした。私は風邪気味なんだと言って彼から薬を分けてもらおうとした。彼は予想通り気前よく私に優に一週間分はありそうなほどの薬を手渡してくれた。私はそれをバッグに入れた。そして、一錠だけ口に含んで、そのままトイレに行った。洗面所で吐き出していると、戸を開けて茉梨絵が入ってきた。彼女は何も事情は言わず、ただ「先生、薬を貸して下さい。」とだけ言って自分のバッグを開けた。私が薬を手渡すと彼女はすばやくバッグに入れて、「先生、少し経ってから出ますから、先に戻って下さい。」と言った。まるで本物のスパイ映画だと私は思った。彼女は予め遼子に役割を知らされていて、当初の予定通りに行動しているに違いなかった。
鳩時計の3羽の鳩が11回鳴いて、再び小窓の奥に隠れた。
フランス・ギャルに似ている桃子が子供みたいにはしゃいだ。
「かわいーい。芳彦先生、この時計どうしたんですか?」
「結婚祝いに友達に買ってもらったんだよ。実用には不向きなんで外すことも考えたんだけど、結構お客さんに楽しんでもらえるんで、そのままにしてあるんだよ。すぐ時間が進んでしまうんで、時刻を合わせるのが面倒なんだよね。電波時計の方が今ちょうど11時なったよ。」
私が鳩時計について一くさり説明しているとドアチャイムが鳴った。
「あっ、先生、私が出ますよ。」
茉梨絵がそう言って客を迎え入れてくれた。
もちろん門倉だった。門倉はリビングに入ってくるなり下品な冗談を言った。
「若い女の子のいい匂いが充満しているな。大学の先生はいいな。いつも女子大生に囲まれていてな。」
「今日来ているのは遼子の教え子だよ。」
「お前の大学だって女子大生がたくさんいるんだろ?」
「まあな。」
「そら見ろ、人でなし。」
「随分人聞きの悪いことを言うなあ。」
「当たり前だよ。若くてきれいで頭のいい女の子を日常的に身の回りにたくさんはべらせている奴は、どう考えてもかたぎの人間じゃないさ。」
門倉はこんなふうに軽口を飛ばしていたが、不思議と嫌味な感じはなく、特に女の子などはそれを面白がる。二人の女の子たちも私より門倉の方が話し相手として気に入ったらしく、桃子を中心に門倉との会話を思いっきり弾ませていた。門倉の顔色は一層悪くなっていたが、女の子に囲まれた彼はとても楽しそうで、体調が悪いことを感じさせなかった。
門倉が到着したので、私の車で昼食を食べに行くことにした。私の愛車は、ホンダのインスパイアーだ。きれいにしたばかりのインスパイアーに、若い女の子たちを乗せるのは気分がよかった。しかし、助手席に乗せた門倉がホンダの車をいろいろとあげつらうのを聞くのは、あまり気分のよいことではなかった。アルファーノという郊外の静かなイタリア料理店に行った。少々高いが上品な娘さんたちを連れて行くにはふさわしかった。彼女たちはやはり学生だから、店の佇まいや室内装飾に度肝を抜かれ、急に襟を直したり、スカートのほこりを払ったりして、お澄ましをした。しかし、店に着くや否や、こんな上品ぶった店なんかで飯を食うつもりかとけちをつける門倉にはいささか辟易した。門倉は近所のラーメン屋に入るのと同じで、深々と頭を下げるウェイトレスに「お姉ちゃん、灰皿持ってきて。」と頼んで、「申し訳ありません。当店は禁煙なんです。」と断られ、悪態をついていた。女の子たちは何が出てきてもはしゃいでいた。サラダが出るとサラダを話題にひとしきり盛り上がった。パスタが出ると互いに交換し合って食べていた。同様にドルチェもドリンクも味見し合っていた。ドルチェを頼まなかった私と門倉はコーヒーを飲みながら彼女たちを眺めていた。門倉は思った通り薬を取り出して水で飲もうとした。私は風邪気味なんだと言って彼から薬を分けてもらおうとした。彼は予想通り気前よく私に優に一週間分はありそうなほどの薬を手渡してくれた。私はそれをバッグに入れた。そして、一錠だけ口に含んで、そのままトイレに行った。洗面所で吐き出していると、戸を開けて茉梨絵が入ってきた。彼女は何も事情は言わず、ただ「先生、薬を貸して下さい。」とだけ言って自分のバッグを開けた。私が薬を手渡すと彼女はすばやくバッグに入れて、「先生、少し経ってから出ますから、先に戻って下さい。」と言った。まるで本物のスパイ映画だと私は思った。彼女は予め遼子に役割を知らされていて、当初の予定通りに行動しているに違いなかった。