思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
39
思われ人
車はついに堀川桜の墓に到着した。クロスポロから遼子と璃鴎が降りて手を振った。「ごめんね、君たち、長い時間引っ張りまわしてしまって。夕ご飯もおいしいものをごちそうするからね。」
遼子が二人の女の子にわびると、彼女たちは元気一杯の明るい笑顔でそれに答えた。彼女たちは嫌がっているどころか、珍しい出来事に関係することを楽しんでいるようだった。ただ門倉のことが心配だから、早く用件を済ませてここから出発するべきだということを強調した。それはもちろん私たちも全く同じだった。私たち二人は、女の子たちをクロスポロに置いて、堀川家まで歩いた。
堀川桜の家はどこにでもあるような普通の家だった。桜さんの母親も特に変わったところのない、気のいいおばあちゃんという感じの人だった。私たち三人がお邪魔した時も、昼頃に遼子と璃鴎の二人が訪問した時と同様に、家の中にいるのは母親一人きりだった。彼女の話では、桜さんの父親は朝から何かの用で出掛けているということだった。私を連れて戻ってくるまでに随分時間が掛かってしまったことを遼子はまことしやかに話して聞かせたが、母親はそんなことは全く気にしていないようだった。
私たちはすぐに仏間に通された。私は、私が遅れた原因とされているところの線香を、これ見よがしに片手に持って、抹香臭い小さな部屋の中に入った。仏壇の前の畳には和菓子や果物を盛った器が所狭しと置いてあった。母親が三人分の座布団を敷いてくれた。私たちはそこにかしこまって正座した。私は仏壇を見た。真っ先に私の目に飛び込んできたのは、大きく引き伸ばされた堀川桜の顔だった。私は「あっ!」という大きな声を出してのけぞった。その写真の女の子の姿は、私が大学生の時、臨終を迎えた湖山翔子の病室をじっと見詰めていた女の子をそのまま写し取ったものだった。写真の女の子の服装も、私の記憶の中そのままだった。私の背筋を冷気と電流が同時に流れて、周りのものが気付くぐらい激しい身震いが始まった。
私の右腕に遼子が両手で取りすがった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。懐かしい面影を何十年ぶりに見て、一瞬のうちに思い出がよぎったと思ったら、とたんに涙があふれてきちゃってさ。」
私は遼子が桜さんの母親に語って聞かせた作り話に合うように話を作り、ポケットからハンカチを出して涙をぬぐう振りをした。
私たちは線香をあげて、合掌した。線香は十分すぎるほどその部屋にあったが、私は私が遅れてきた理由であるところの線香をことさら強調するために、それに恭しく火を灯して桜さんに供えた。
璃鴎の演技が始まった。彼は遼子の後ろに立って、耳元に口を寄せて恥ずかしそうに言った。遼子の演技も始まった。
「あら、この子、またなの。」
彼女は困った振りをして戸のそばに正座している桜さんの母親に申し出た。
「ちょっと、言いにくいんですが、この子にまたおトイレをお借りできますか。」
桜さんの母親は人のいい顔で白い歯をこぼした。
「そんな遠慮しないでくださいよ。僕、もう覚えたかな?」
璃鴎は困った振りをした。
「そっか、じゃあ、おばちゃんと一緒に行こうか。」
璃鴎は首をこくんとして、黙って桜さんの母親についていった。