思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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 璃鴎の奴、見事だ。あれならどこから見ても、恥ずかしがり屋のあどけない男の子だ。
 私が感心していると遼子がひじで私を押し、極めて重要な私の取るべき次なる行動を促した。私はバッグから神社のお札を出して、仏壇に置いてあるお札と取り替えようとした。私は新しいお札をそのお札に近づけてみて、しまったと思った。私たちが買ってきたものは大きさが少し足りないのだ。私は思わず遼子の顔を見た。遼子も慌てていたようだが、早く取り替えなさいという意味のことを目で訴えた。私は、ええいままよと観念し、門倉夫妻が供えたお札をすばやく私のバッグにしまいこんだ。まるでチームワークのよい窃盗グループのように、手際がよかった。その瞬間目の前がぱっと明るくなり、体に電撃が走ったような気がした。
 その時だった。桜さんの母親の悲鳴が聞こえてきたのは。
 「あらららら! ちょっと旦那さん、奥さん、こっち来て下さい。お子さんが大変ですよ!」
 私たちはすぐにトイレまで走った。
 璃鴎が気を失って倒れていた。幸い倒れた方向が壁だったので、床に頭を直撃せずに済んだ。私と遼子が呼び掛けると、ほどなく彼の目が開いた。
 「璃鴎、大丈夫か?」
 私の言葉を聞いて彼はきょとんとしていた。
 「どうしたの? あれ、僕、何で寝ているんだろう?」
 「どこも打たなかった?」
 遼子が訊くと、彼はなんともないよと答え、すぐ立ち上がった。桜さんの母親はしばらく休んでいった方がいいと言ってくれたが、璃鴎はもう行かなくちゃと言って、私たちを促した。私と遼子は丁重にお礼を言って、堀川家を後にした。璃鴎はまったく心配なさそうだった。彼は元気に茉梨絵たちのところへ走っていった。
 茉梨絵たちは私たちの顔を見ると、クロスポロから降りて、首尾はどうかしきりに訊いた。私はそれに対して何も答えずに、彼女たちに車に乗るよう促した。車を走らせると、私たちはせっつく桃子たちに、事の次第を話して聞かせた。もちろんケータイをハンズフリーにするのを忘れなかった。
 そのうちに遼子はわかったわと言って、一人で納得していた。
 「ねぇ、璃鴎、さっきは倒れた振りをして私たちを助けてくれたんでしょ?」
 「えっ? そんなことないよ。僕、本当に倒れたんだ。」
 桃子が心配そうな表情で話に割り込んだ。
 「璃鴎君、倒れちゃったの?」
 「うん。」
 璃鴎は桃子にうなずき、それから母親の顔を見た。
 「お母さん、あれは本当に倒れた振りなんかじゃないんだ。」
 「あら、そうなの。でも、すごくタイミングがよかったわ。実はね、あのお札少し小さかったのよ。お父さんが交換した後で、お母さん、正直言って堀川さんになんて言い訳すればいいか困っていたの。あのおばあさん、お札が小さくなったことに気付いて、きっと私たちに聞くでしょうからね。」
 「えっ? 小さかったんですか?」
 茉梨絵は、二人の会話を聞いて驚いたらしい。
 「でも、あれしかなかったんですよ。」
 「蒲生さんのせいじゃないよ。きっと本殿で御祓いする人には、大きいお札を渡しているんだろう。」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日