思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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42

 桃子は、茉梨絵が手にしている和紙を覗き込んだ。桃子がよく通る声で読み上げた。
 「私はこの女を永久に封じ込めることにした。もう姿を見せるな。お前は目障りだ。私の邪魔をするんじゃない。……。もういい。気分が悪くなった。」
 「私も気分が悪くなったわ。よくもこんなにびっしりと書いたものね。紙が真っ黒に見えるわ。」
 茉梨絵は細い目を見開いてじっと見ていた。
 「ものすごい怨念のエネルギーがこもっているわね。」
 「先生、これは門倉さんの奥さんが書いたんでしょう?」
 桃子がストレートに訊いた。
 「でしょうね。」
 「やだな。先生、女って怖いね。相手を思う気持ちが強まると、こんなことまでやってしまうのね。」
 「あら、桃ちゃん。他人事みたいに言うのね。あなただって女じゃない。でもね、私、これは奥さんの門倉さんへの思いが強いことが原因で書かれたのじゃないと思うわ。」
 「え? じゃあ、一体何のために書いたんですか?」
 遼子はハンドルを握り締め、前を走る車を見ながら、しばらく黙っていた。
 「憶測で言うのはやめておくわ。門倉さんの家に着けば、全てが明らかになるわよ。」
 遼子のハンドルさばきが忙しくなってきた。右へ左へと曲がって住宅街の奥に入っていくと、ほどなく門倉の家に到着した。遼子は、クロスポロを門倉の家からは見えないところに置いた。門倉の奥さんの目に留まらないようにしたのだ。そして、遼子たち4人は車の中からそっと辺りの様子をうかがっていた。私はインスパイアーを門倉の家の門の前に止め、一人で降りて玄関まで行き、ドアチャイムを鳴らした。しばらくすると、ドアフォンのスピーカーから奥さんの声がした。奥さんの声は心なしか、いつもより冷淡に響いた。
 「どなたですか?」
 「湯本です。門倉と約束していたんですけど、ご在宅ですか?」
 奥さんの声は疑い深い調子になった。
 「約束ですか? 何も聞いてないですけれどねぇ。」
 私は思い切ってでまかせをこしらえた。
 「大学時代の友達が急に事故に遭ったので今日の5時に病院までお見舞いに行こうって、門倉の方から誘いかけられたんですよ。」
 たぶん奥さんは門倉が今日の昼に私と一緒だったことを知らなかったろう。知っていたら当然、休日の昼に落ち合った者たちがそのまま病院に行かず、もう一度夕方に連れ立って見舞いに行こうとすることを、非常に不自然だと思うに違いない。女子大生と食事をしようと門倉を内緒で誘ったことが功を奏したようだ。奥さんは私の作り話を簡単に信じてくれた。
 「そうですか。ちょっと待ってください。今呼んできますからね。」
 私は我ながら首尾よくいったと思い、うれしくなった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日