思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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 奥さんが逮捕された数日後のことだった。私のところへ警察から連絡が来た。
 門倉の奥さん、(いやもうその言い方は門倉が許さないだろうから、まだ正式に離婚はしていないが、旧姓の大崎と呼ぶことにしよう)、大崎美岐さんが私たちに会って話したいことがあるというのだ。
 被疑者の求めになど応じる必要はないのだが、一応連絡をするだけはしてみたと警察は説明した。私は会っても構わないと返事をした。そして、遼子と二人で留置所まで出掛けた。
 化粧をしていない大崎さんは、少しやつれていたが、やはりとても美しかった。彼女は私たちの顔を見るなり、頭を下げて詫びた。今になって冷静に考えてみると、よくもあんな恐ろしいことをしたものだと我ながらあきれ果てていると、彼女は言った。門倉にも子供たちにもすまないと涙ながらに言う大崎さんは、本当に深く後悔しているようだった。門倉は大崎さんにとってはいい夫ではなかったらしい。浮気者で大崎さんに淋しい思いをさせていたのだそうだ。大崎さんはその気持ちを紛らわせるために、例の医師と深い仲になってしまった。それによって弾みがついたせいか、彼女は、ある入院患者と意気投合し、ほどなく交際を始めた。その男性はとても優しく、大崎さんに尽くしてくれるので、とうとう彼女は一緒に暮らす約束をしてしまったのだった。大崎さんは例の医師と飲んでいて、初めは全くの冗談で夫を殺す計画を考え始めた。しかし、自分たちの立てたシナリオはとてもよくできていて、だんだん現実味が感じられるようになった。そうすれば愛しい人と暮らすことも簡単にできるのだと思い始めたら、次第にその計画のことばかり考えるようになっていった。
 彼女が夢で不思議な女の子の姿を見るようになったのはその頃だった。
 透明の仕切りの向こうから、美岐はおびえたような表情で私と遼子を見た。
 「その女の子は何も言わずに、じっと私の顔を見ているのです。私にはそれがとても恐ろしく感じられました。何かを非難するような厳しい目なんです。初めのうちはそれほど気にしてはいなかったんですけど、毎日のようにその女の子を夢を見るので、だんだん怖くなっていきました。しかも、その子はいつからか夢に現れるだけではなくなったんです。彼女が夢だけではなく、私の目の前に姿を現すようになったのは、私が門倉に飲ませる薬を持ち出そうとした日でした。私が戸棚から薬を出そうとすると、私の横であの女の子が立ってあの目で私をじっと見ているんです。私はあまりのことに危うく悲鳴を上げかけました。するとその瞬間にその子の姿は消えました。それからというもの、門倉に害をなすようなことをしようとするとあの女の子が現れるのです。あの子が怖くて、私はずっと薬を家に持ち帰ることができなかったんです。門倉が例のラーメン屋を探している途中にお墓で女の子を見たというのは、ちょうどその頃でした。私は門倉があなたたちにその話をして、その結果あの女の子の御祓いをすることになったので、本当にほっとしました。私は門倉と一緒に神社に行って、御祓いをしてもらい、私自身もあの女の子を封じ込めるつもりで、紙一面に思いついたことを全部書いてお札の包みの中に入れ、仏壇に置きました。私、何気ない振りをするのに苦労しましたけど、仏壇に飾ってある女の子の写真を見た時、心臓が飛び出るほど驚きました。だって、そうは思っていたけど、私の周りに現れるようになったあの女の子が、本当に門倉の幼馴染だったってことがはっきりしたんですもの。あの女の子、桜さんでしたっけ、あの子、門倉を守っていたんですね。」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日