思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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 私たちはあの日、仏壇のお札を取り去ったことや、門倉の持っている薬を調べたこと、門倉を救いに行ったことを大崎さんに話した。
 「そういうことだったんですね。実は私、お札を仏壇に置いてからは、本当に怖いものなしという心境でした。あの女の子を見ることもなくなったし、自分の良心からも目を遠ざけることが平気になったんです。薬を持ってきて、門倉に飲ませまることがなんのためらいもなくできました。ところがあの日、門倉に睡眠薬を飲ませた瞬間、すごく妙な胸騒ぎがしました。なぜだか急に、自分のやっていることがとても恐ろしいことに思えてきたんです。きっとその瞬間が、湯本さんが仏壇から私たちの供えたお札を取り去った瞬間だったんですね。後はあの男に電話して最後の処置をしてもらうだけなのに、なかなかできなくて、ずっとためらっていました。電話の前で受話器に手を伸ばしたまま、長い間考え込んでいました。この電話を掛けると、門倉は本当に死んでしまうんだ。今ならまだ助かるんだ。私は長い間そんなふうに考え込んでいましたが、とうとう決心して電話番号を押し始めました。その時です。私は自分の横に誰かがいる気配がしたのでふと横を向いたんです。子供たちはおばあちゃんの所に預けてあるのに変だなと思いながら見たら、あの女の子があの写真のままの姿で立って私を見つめていました。私は思わず声を上げてしまいました。湯本さんがドアチャイムを鳴らしたのはまさにその瞬間だったんです。私はその大きな音が突然家の中に鳴り響くと、実際に体を飛び上がらせましたよ。あなたに返事をした私の声はものすごくおびえていたでしょう?」
 私はうなずいた。
 「時間です。」
 ちょうどそこまでで面会時間が終了したので、私たちは話を終えなければならなかった。最後に大崎さんは私たちにお札をもらってきて下さいと頼んだ。
 「だって、大崎さんはもう女の子の姿を見ないんじゃないですか?」
 遼子が不思議そうに訊いた。
 「ええ。でも、やっぱり暗い中で一人でいると怖くなってくるんですよ。心を落ち着かせるものがほしいんです。」
 私たちはその願いを聞き届け留置所をあとにした。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日