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「な、なんにもないわよ。」
 茉梨絵にのぞきこまれて、どぎまぎしてしまった。打ち明けてみようかとも思ったが、かえって自分が変人扱いされるのではないかと躊躇した。
 「最近、身の回りに、偶然が重なったような、不思議なことが起こるような気がして、少し神経質になっているの。」
 小雪は、なるべく当たり障りがないように言った。
 「たとえばどんな?」
 茉梨絵は首をかしげて、友人の悩みの核心に立ち入ろうとした。小雪が困惑した時の癖で、カチューシャに手を持っていったことを茉梨絵は見逃さなかった。小雪は事実を少し作り変えることで、返事をすることにした。
 「何かを読んでいて、蝉の声が聞こえると書いてあると外で蝉が鳴き出したり、頭の上からはさみが落ちてくると書いてあると、冷蔵庫の上からはさみが落ちてきたりするの。そういう偶然ってあるんだなあって、不思議に思っていただけなのよ。」
 「へえー、不思議なことがあるのねえ。どんな本を読んでいたの?」
 桃子が純粋な好奇心から質問した。
 「なんだったかなあ。雑誌とか小説とか、いつもぱらぱらと斜め読みしているから、覚えてないわ。」
 小雪は、しきりに指先でカチューシャを弄びながら、いい加減にごまかした。
 「あっ、もう講義が始まっちゃうよ。行こう。」
 小雪は時計を見て、立ち上がった。小雪と桃子は文学部の棟へ、茉梨絵は医学部の棟へ向かった。別れ際に、茉梨絵は小雪に言った。
 「ゆき、なんかおかしなことがあったら、言ってね。力になるから。璃鴎君っていう、不思議な力を持った男の子がいるのよ。遼子先生のお子さんよ。気休めのつもりで、いいえ、そうじゃなくて、ただ遊びに行くだけということがいいわね、ほんの少しのことでも、何か変だなって思っていることを聞いてもらえば、気が軽くなると思うよ。」
 小雪は、くりっとした丸い目で茉梨絵を見た。
 「心配してくれてありがとう。でも平気よ。本当に困った時は、相談に乗ってね。茉梨絵。」
 桃子と二人きりになってから、小雪は訊いた。
 「私、そんなに不安そうに見える?」
 「さあ? でも、茉梨絵は勘がいいからね。」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ノベル
◆ 執筆年 2008年2月11日