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 野菜のスープを煮込みながら、パスタをゆでた。その間に雑誌を眺める。(何か面白そうな本は出てないかしら?)本の紹介欄を見ていくうちに、ある場所で目が止まった。

 〈あのノートをもう見たか?〉

 「きゃあ!」
 思わず声が出た。偶然ではあるにしても、よりによってこんな時に、こんな題名の本を出版しなくったってと、勝手なことを思った。
 (一日一度は見ろって書いてあったよね。もう今日は見たから、いいのよね。でも、催促されているみたいで、気になるなあ。)
 「ぱしっ!」
 彼女は、小さなキッチンテーブルの上に、雑誌を叩きつけた。即座に目を大きく見開いて、もう一度雑誌を手に取った。その下に、あのノートがあった。
 「うそっ! 出掛ける時に机の上に置いてったのに。」
 思わず大きな声になった。彼女は、こわごわとノートを開いた。

  今朝はごめんね。ちょっとひどいことを言い過ぎちゃったよ。でも、僕のことを捨てようとした君も悪いんだよ。一日一度読んでとお願いしたけど、どうしても寂しくて、どうにかして君にノートを開いてもらおうと思ったんだ。

 彼女は心の中が真っ暗になった。しかし、この不可思議な現実を、少しでも打開しようと、彼女はノートの初めから終わりまで、入念に点検してみた。不思議なことに、このノートは、現在読んでいる部分以外は、なんの加減かわからないが、目がぼやけてしまって読めないのだ。このノートを見つけて、最初に読んだページも、文字が揺ら揺らしていて、判読できない。今読んだ部分の少し前の所、今朝読んだはずのその部分も、やっぱり文字が激しく揺らいで読むことができない。まるで小学校の時、理科の授業中、ピントの合っていない顕微鏡で見た、無数の微生物の影のように、細かく振動していて、捕捉することができないのだ。今読んだ部分の後も同じである。読めるのは、今読んでいる所と、その直後だけだ。
 ぞわぞわと蠢く無数の虫の大群を見ているうちに、小雪は気分が悪くなった。走るバスの中で書き物をしていると、気持ちが悪くなることがある。そんな乗り物酔いのように、軽い嘔吐感が、胸をむかつかせた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ノベル
◆ 執筆年 2008年2月11日