ノベル

10
小雪は、感情が高ぶり、ハンカチで目を覆いながら、すすり泣いた。この数日の出来事を思い出していた。
不思議なノートに浮かび上がる文字が、彼女の行動を縛り付けていた。少しでもその言葉に反したことをしようとすると、なんらかの制裁が待ち構えていた。食器洗い機から流れ出た水で、キッチンの床が水浸しになったこともあった。鉢植えの植え替えをしていたら、土の中から気味の悪い虫がうじゃうじゃ這い出てきたこともある。
茉梨絵たちに言ってしまいたい。しかし、そんなことをしたら、自分の身に一体どんな災難が降りかかるか知らない。ある晩、あまりにも怖くなって、実家から母親に来てもらおうと思って、電話番号を打ち始めた。そのとたんである。食器洗い機の排水ホースを流しに貼り付けておいた吸盤がはずれ、汚れた温水が飛び出してしまったのだ。それを思い出したら茉梨絵たちに話すことをためらわずにはいられない。話したら、きっとひどいことが起こるだろう。しかし、茉梨絵の優しく頼りがいのある瞳を見ているうちに、口から言葉を出さずにいられない気分になってくる。恐ろしいことが待っていることはわかりきっている。でも、このまま何もせずに、現状に甘んじているだけでは、事態が一つも良くならないことも確かだ。小雪は勇気を出した。決意に満ちた眼差しで真直ぐ茉梨絵の瞳を見つめた瞬間だった。
「しゃべるな!」
小雪の視界の中央にある茉梨絵の横に、突然見知らぬ女子学生が立って、目を吊り上げてにらみ、鋭い調子で言い放った。あまりのことに小雪が呆然としていると、その女はもう一度小雪をにらみつけてから、足早に立ち去った。
小雪はその女の背中でロングヘアーが揺れるのをただ眺めることしかできなかった。小雪は完全に打ちのめされた。やはりこういうことが待ち受けていたと思った。決まっている。ノートの書き手が遣わしたに違いないのだ。もう逃れられない。そう思うと、目は茉梨絵を見ていても、言葉が喉に引っかかって出てこない。固く蓋されたみたいだ。舌がこわばり、口の中が乾いてヒリヒリする。周囲は明るく、人もたくさんいるのに、自分だけが暗黒の空間を何のよりどころもなくさ迷っているようだった。小雪は、怖くて、心細くて、その場に泣き伏した。
茉梨絵と桃子が背中をさすりながら慰めた。
「気にすることないわよ。だって、小雪はほとんどしゃべってなかったんだから。注意を受けるべきだとしたら、私と桃子の方じゃない?」
不思議なノートに浮かび上がる文字が、彼女の行動を縛り付けていた。少しでもその言葉に反したことをしようとすると、なんらかの制裁が待ち構えていた。食器洗い機から流れ出た水で、キッチンの床が水浸しになったこともあった。鉢植えの植え替えをしていたら、土の中から気味の悪い虫がうじゃうじゃ這い出てきたこともある。
茉梨絵たちに言ってしまいたい。しかし、そんなことをしたら、自分の身に一体どんな災難が降りかかるか知らない。ある晩、あまりにも怖くなって、実家から母親に来てもらおうと思って、電話番号を打ち始めた。そのとたんである。食器洗い機の排水ホースを流しに貼り付けておいた吸盤がはずれ、汚れた温水が飛び出してしまったのだ。それを思い出したら茉梨絵たちに話すことをためらわずにはいられない。話したら、きっとひどいことが起こるだろう。しかし、茉梨絵の優しく頼りがいのある瞳を見ているうちに、口から言葉を出さずにいられない気分になってくる。恐ろしいことが待っていることはわかりきっている。でも、このまま何もせずに、現状に甘んじているだけでは、事態が一つも良くならないことも確かだ。小雪は勇気を出した。決意に満ちた眼差しで真直ぐ茉梨絵の瞳を見つめた瞬間だった。
「しゃべるな!」
小雪の視界の中央にある茉梨絵の横に、突然見知らぬ女子学生が立って、目を吊り上げてにらみ、鋭い調子で言い放った。あまりのことに小雪が呆然としていると、その女はもう一度小雪をにらみつけてから、足早に立ち去った。
小雪はその女の背中でロングヘアーが揺れるのをただ眺めることしかできなかった。小雪は完全に打ちのめされた。やはりこういうことが待ち受けていたと思った。決まっている。ノートの書き手が遣わしたに違いないのだ。もう逃れられない。そう思うと、目は茉梨絵を見ていても、言葉が喉に引っかかって出てこない。固く蓋されたみたいだ。舌がこわばり、口の中が乾いてヒリヒリする。周囲は明るく、人もたくさんいるのに、自分だけが暗黒の空間を何のよりどころもなくさ迷っているようだった。小雪は、怖くて、心細くて、その場に泣き伏した。
茉梨絵と桃子が背中をさすりながら慰めた。
「気にすることないわよ。だって、小雪はほとんどしゃべってなかったんだから。注意を受けるべきだとしたら、私と桃子の方じゃない?」