ノベル
14
日記
遼子の車に皆が向かう途中、遼子は、ちょっと待ってと言って、図書館に一人で行き、璃鴎を連れて戻って来た。「璃鴎君!」と、桃子と茉梨絵が、うれしそうに言った。
「こんにちは。」
璃鴎は、お行儀良く挨拶した。
「夏休み中は、大学の図書館に放しておくのよ。」
遼子は、クロスポロのキーを回した。フォルクスワーゲン・クロスポロは彼女の愛車だ。
「璃鴎君、大学図書館なんて面白い? いったい何を読んでいたの?」
「今日はずっと、『量子力学概論』という本を読んでいました。」
桃子に答えた。
「そんな本、わかるの?」
「ええ、とても面白かったです。ずっと疑問に感じていたこともわかりましたし。」
「信じられない。小学校三年生なのに。」
遼子は、小雪の道案内でアパートまでやって来た。いつの間にか雨が降っていた。舗道も濡れそぼち、土埃の匂いがする。
部屋に近づくにつれて、璃鴎の表情が険しくなっていった。
中に入り、机の上を見ると、窓から吹き込んできた強い風に、ノートがバサバサ音を立ててめくれた。激しくなった雨が部屋に吹き込んでくる。
「嫌だ。窓を開けて出かけることなんかないのに。」
茉梨絵が窓を閉めていると、桃子はノートを手に取った。近寄りかけた小雪は、思い返して、キッチンに走った。遼子が後を追うと、彼女は椅子に座ってぐったりしていた。
「怖いのね。その気持ちわかるわ。大丈夫よ。私たちがなんとかするわ。」
遼子が、優しく背中をなでるのを、話す気力も失われた小雪は、ありがたいと感じるだけだった。
「先生、ちょっと来てくれませんか?」
桃子に呼ばれて、遼子は少しためらった。
「行っても大丈夫かしら?」
小雪が無言でうなずいた。遼子は、もう一度彼女を慰めてから、隣室に移動した。
桃子の表情を読み取って、遼子はできるだけ顔を近づけた。三人は小声で話し始めた。
「先生、ゆき、疲れちゃっているんですよ。見て下さい。このノート、持ち主が昔書いた単なる日記ですよ。」
桃子はそう言いながら、ノートを渡した。