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調査

 細かく手の行き届いた木立が、障子の向こうに見える。
 頭をきれいになでつけた高岡が満面の笑みをたたえている。
 「いやあ、まるで芸者衆を呼んだみたいで、どうも、こんなに美しい女性に囲まれて食事ができるなんて夢みたいですよ。」
 高岡がからりと言い切るので、急に座がはじけた。この男はどうも雰囲気を作るのが得意らしかった。
 人に流されやすい桃子は、高岡の巧みな誘いに乗せられて、日本酒をぐいぐいあけさせられていた。
 「高岡さん。実は私たち、謝らなければならないんです。」
 杯をうれしそうに口に含む高岡に、遼子は手をついて謝った。
 彼女は、学術的調査は、怪しまれないために会見する口実だったと正直に言った。そして、高岡の記名のあるノートを取り出して、彼の手元に置いた。
 ところが、まったく心配する必要はなかった。高岡は、会う理由など一向頓着していなかった。母校の准教授と学生が新潟まで出向いて、自分と会おうとすることが、相当にうれしかったようだ。しかもそれらが皆麗しい女性である。彼は緩んだ口元を引き締めて、疑惑のノートを丹念に観察し、意外なくらい真剣な表情で遼子に向き直った。
 「確かに私のノートだよ。懐かしいなあ……。でも私はこの頃あまり真面目な学生じゃなかったんでね。この英語の授業にすぐに出席しなくなったんだよ。私が二時間ぐらいとったページがなくなっているね。私が部屋に置き忘れたノートを、誰かが有効利用したんだろう。」
 遼子たちは、顔を見合わせた。茉梨絵が高岡に質問した。
 「このノートに書かれている内容とか筆跡に心当たりはありませんか?」
 高岡は目を凝らしてしばらくの間ノートに書かれている文字を観察した。
 「さあ、心当たりはないなあ。」
 桃子はあからさまに落胆の色を見せたが、茉梨絵は違った。彼女はなんとかして糸口を見出そうと裏に記されたイニシャルについて訊ねてみた。
 「このイニシャルは高岡さんがお書きになったんですよね?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ノベル
◆ 執筆年 2008年2月11日