ノベル

23
報復
駅に着いた。雲行きがまだよくないので、夏にしてはずいぶん暗くなっていた。骨折り損のくたびれもうけ。彼女たちはいつもより重力が大きくなっているのではないかと錯覚した。もしくは湿気を吸いすぎた衣服のせいで身動きがしづらくなっているのではないかと錯覚した。少なくとも、からりと晴れた洋上に順風を満帆に受けて滑っていくキャラック船に乗って、まだ見ぬ新天地をまもなく見つけ出そうとしているクリストファー・コロンブスのような心境には全くなれなかった。小雪は別人に見えるくらいにやつれて、土気色をしていた。普段テニスで肌が焼けているだけに、顔色が悪くなると尋常ではなかった。本当は全員で小雪のアパートに行き、引越しの手伝いをするわけだった。小雪はもう契約を解除し、実家から母親を呼んであった。引越し業者にも予約してある。
ところが、茉梨絵と桃子のケータイに急な用件が飛び込んできた。彼女たちは小雪に伺いを立てた。小雪が彼女たちに手伝わせる理由は何もなかった。茉梨絵と桃子も何一つ心配していなかった。実家の母親、引越し業者、遼子、これだけの心強い味方がついていて、何をか怖れん。
駅で茉梨絵と桃子は、それでも少し心残りがありそうな顔で手を振った。小雪を乗せて、遼子は白百合ハイツにクロスポロを走らせた。
既に引越し業者が到着していた。彼女たちが戻るのに気づくと、クーラーの利いたトラックから降りて挨拶した。
「どうもお世話になります。早速ですが、荷造りの指示をしていただけますか?」
小雪の母親の姿は見えなかった。とっくについているはずだと思っていたので、小雪は少し不安になった。
「あの、母はまだ来ていませんか?」
「そういえば、先程忘れ物をしたとおっしゃって、コンビニに行ったみたいですけど。」
「ああ、そうでしたか。」
小雪はほっとした表情で、ケータイを掛けた。留守電応対だった。もっとも母親に掛けて留守電になっていることは珍しいことではなかったので、彼女は気に止めなかった。コンビニならすぐ近くだから、程なく帰ってくるだろう。そう思いながら、遼子や業者のスタッフと一緒にアパートに入ろうとすると、遼子のケータイが鳴った。遼子は一、二分話をした後、小雪に告げた。
「ゆきちゃん。急な用件で大学に呼ばれちゃったの。誰か他の人間でもできないか訊いたんだけど、どうしても私が行かないとだめらしいのよ。一人にしちゃって大丈夫?」