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26

 小雪の顔に戻った晴れ間は、次の瞬間にはどす黒い雲で完全に覆われた。
 「おい、お前ら、女はキッチンにいるはずだ。何しろ、キッチンに設置してある防犯ブザーで、わざわざご丁寧に俺に居場所を知らせてくれたからな。」
 管理人に指示された男たちは、ゆっくりとキッチンを包囲した。もはや彼らの武器は、どんなにでたらめに使用したとしても、小雪の身体に損壊を加えないことがありえないほどに、獲物との距離を縮めていた。彼らがいよいよ目的を果たすためにその手を動かそうとした直前に、再び玄関チャイムが鳴った。
 男たちは酷薄な顔をゆっくりとドアの方へ向けた。ドアはぴくりとも動かない。誰も一言も発しない。自分の胸の鼓動が男たちの耳にまで届いているのではと小雪に疑わせるほど静まり返っていた。その静かさを破って、チャイムがもう一度鳴った。今度はゆっくりとドアが動いた。鬼が出るか蛇が出るか。小雪の顔は真っ青だった。彼女のこれ以上開くことのできない程開ききった目に飛び込んできたのは、賢そうな少年とその父親だった。もちろん、璃鴎と芳彦である。
 彼らは非常に落ち着いた様子で、部屋の中を観察した。とたんに、三人の男が武器を振り上げて芳彦たちに向かっていった。
 璃鴎はおもむろに金属製の薄い箱をポケットから取り出し、あたかも家の中でテレビのチャンネルをリモコンで変えているかのような何気ないそぶりで、その箱についているボタンの一つを押した。そのとたん小雪の耳は、飛行機が上昇したときのようにふさがってしまった。見ると、三人の恐ろしい男たちは、武器を床に落とし、両手で耳を押さえ、床に転がってもがき始めた。
 「うおーっ!」
 聞いているものの気が変になるくらい、長いこと男たちは呻いていたが、やがて、殺虫剤を浴びせかけられた虫が激しくのたうち回ったあげくに息絶えるように、身動きがなくなっていった。
 「ゆきさん、もう大丈夫ですよ。」
 璃鴎がにっこり笑うと、小雪は走ってきて、彼を抱き締めた。彼女の柔らかな胸が璃鴎の顔に押し付けられた。
 「ありがとう。璃鴎君。芳彦先生。でも、どうしてなんですか? 明日奈良から帰るはずじゃなかったんですか? どうして私のアパートに来てくれたんですか?」
 とにかく小雪の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ノベル
◆ 執筆年 2008年2月11日