ノベル

29
璃鴎と芳彦が佐藤隆弘の母親から聞いた話によると、隆弘は大学三年のときに、小雪の住んでいたこの部屋で首を吊って死んだのだそうだ。同じ学科の女子学生に想いを寄せていたのだが、失恋して自ら命を絶ったらしい。
いつの間に撮ったのかわからないが、璃鴎はケータイに小雪の画像を保存してあって、それを隆弘の母親と妹に見せた。妹は結婚して別の市に住んでいるのだが、たまたまこの日は実家に遊びに来ていた。母親は小雪の顔を何の興味もなさそうに見ただけだったが、妹は思わず大きな声を上げた。昔、兄が帰省したとき、何かの拍子に落とした女の人の顔写真にそっくりだと言う。隆弘はその写真のことを妹にからかわれると、むきになって怒ったそうだ。兄の死後、私が中心になって整理したアルバムにきっとあるはずだと妹は言って探してくれたが、結局見つからなかった。そのアルバムを璃鴎と芳彦に見せてくれたが、女性の顔は他のどの写真にも写っていなかった。しかし、間違いなくその時見た女性の顔は小雪によく似ていたと言う。隆弘の妹は兄の自殺の原因はその小雪似の女性に失恋したことだとはっきり言った。
奈良で調べてきたことを璃鴎が話し終える頃、管理人と運送業者が目を覚まして、驚いていた。運送業者はここに到着した頃からのことを覚えていなかったし、管理人は小雪から発せられた警報に驚いて廊下に飛び出たところまでしか記憶していなかった。皆、隆弘の霊に操られていたのだ。
璃鴎の持ってきた金属製の箱は、ある周波数の電磁波を増幅させ、一定の範囲内に霊体を近づかせないための装置だった。もちろん彼の父親の友人である門倉駿の作製したものだ。この装置の効果で、三人は正気に戻ることができたのである。
とにかく、一昔前に片想いの相手に失恋した隆弘は、この世に未練を残して自殺した。彼の肉体こそ、生家に引き取られ、荼毘に付されたものの、唯一彼の日記だけはこの部屋に忘れ去られることとなった。彼の想いはいつしかその日記に宿り、愛しい人によく似た女性を呼び寄せていたのかもしれない。この部屋で暮らした末に病気になってしまったという、小雪に面影の通う法学部の女子学生もその犠牲になったのだろう。法学生は恐怖に耐えかね発狂した。そして、恐怖のあまり遼子たちに相談してしまった小雪は、危うく殺されるところだった。彼女たちを地獄に突き落とした日記には、いまだに隆弘の想いが留まっている。
すっかり夜も更けた頃、隆弘の実家から両親がやって来た。隆弘の母親は璃鴎の話を半信半疑に聞いているだけだったが、璃鴎たちが帰ってから帰宅した父親にそのことを話すと、信心深い父親は自らが檀家となっている寺の住職にただちに相談した。かつて隆弘の菩提を弔った住職は、隆弘の想いが残っている部屋で仏事を執り行い、日記を引き取った方がよいと忠告した。住職は今朝から悪い虫の知らせがすると言っていたらしい。住職は隆弘の両親をせきたてるようにして、はるばる奈良からやってきた。
その後は、住職の忠告通りに事が運ばれた。
管理人は、夜中まで営まれた法要の間、しきりに、五、六年前に雇われたので、この部屋で住人が自殺したなんて全く知らなかったと弁明を繰り返していた。
いつの間に撮ったのかわからないが、璃鴎はケータイに小雪の画像を保存してあって、それを隆弘の母親と妹に見せた。妹は結婚して別の市に住んでいるのだが、たまたまこの日は実家に遊びに来ていた。母親は小雪の顔を何の興味もなさそうに見ただけだったが、妹は思わず大きな声を上げた。昔、兄が帰省したとき、何かの拍子に落とした女の人の顔写真にそっくりだと言う。隆弘はその写真のことを妹にからかわれると、むきになって怒ったそうだ。兄の死後、私が中心になって整理したアルバムにきっとあるはずだと妹は言って探してくれたが、結局見つからなかった。そのアルバムを璃鴎と芳彦に見せてくれたが、女性の顔は他のどの写真にも写っていなかった。しかし、間違いなくその時見た女性の顔は小雪によく似ていたと言う。隆弘の妹は兄の自殺の原因はその小雪似の女性に失恋したことだとはっきり言った。
奈良で調べてきたことを璃鴎が話し終える頃、管理人と運送業者が目を覚まして、驚いていた。運送業者はここに到着した頃からのことを覚えていなかったし、管理人は小雪から発せられた警報に驚いて廊下に飛び出たところまでしか記憶していなかった。皆、隆弘の霊に操られていたのだ。
璃鴎の持ってきた金属製の箱は、ある周波数の電磁波を増幅させ、一定の範囲内に霊体を近づかせないための装置だった。もちろん彼の父親の友人である門倉駿の作製したものだ。この装置の効果で、三人は正気に戻ることができたのである。
とにかく、一昔前に片想いの相手に失恋した隆弘は、この世に未練を残して自殺した。彼の肉体こそ、生家に引き取られ、荼毘に付されたものの、唯一彼の日記だけはこの部屋に忘れ去られることとなった。彼の想いはいつしかその日記に宿り、愛しい人によく似た女性を呼び寄せていたのかもしれない。この部屋で暮らした末に病気になってしまったという、小雪に面影の通う法学部の女子学生もその犠牲になったのだろう。法学生は恐怖に耐えかね発狂した。そして、恐怖のあまり遼子たちに相談してしまった小雪は、危うく殺されるところだった。彼女たちを地獄に突き落とした日記には、いまだに隆弘の想いが留まっている。
すっかり夜も更けた頃、隆弘の実家から両親がやって来た。隆弘の母親は璃鴎の話を半信半疑に聞いているだけだったが、璃鴎たちが帰ってから帰宅した父親にそのことを話すと、信心深い父親は自らが檀家となっている寺の住職にただちに相談した。かつて隆弘の菩提を弔った住職は、隆弘の想いが残っている部屋で仏事を執り行い、日記を引き取った方がよいと忠告した。住職は今朝から悪い虫の知らせがすると言っていたらしい。住職は隆弘の両親をせきたてるようにして、はるばる奈良からやってきた。
その後は、住職の忠告通りに事が運ばれた。
管理人は、夜中まで営まれた法要の間、しきりに、五、六年前に雇われたので、この部屋で住人が自殺したなんて全く知らなかったと弁明を繰り返していた。