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31
自殺した息子は小説家を目指して、たくさんの原稿を残している。父親は、息子が官僚になるか一流企業に入社するか、そのいずれかを望んでいたので、小説家になることをあきらめるよう説得していた。しかし、はなから息子の望みを否定しようと思ったのではない。もし仮に、その作物が見込みのあるものなら賛成してもよかったのだが、彼のものしたものは、文学賞に出しても、出版社に持ち込んでも、洟も引っ掛けてもらえなかった。ところが、隆弘は自分の才能を微塵も疑わず、後世の人でないとわかってくれないのだと嘯く始末だった。片想いの相手に告白して振られたことはあくまでも引き金に過ぎず、息子が自殺した真の理由は、小説で芽が出ないにもかかわらず、終日部屋にこもって書き物をしているうちに、学業がうまくいかなくなり、将来に望みがなくなり、にっちもさっちもいかなくなったせいだろうと分析していた。彼は自分の文章には人を動かす力があるはずだとうぬぼれていた。その自負と失恋の痛みとが、片想いの相手に似通った女性たちに、ねじれた形となって悪い作用を引き起こしたのだろうと、深く嘆き、父親の手紙は結ばれていた。
「さすがアナウンサー志望ね。上手よ、桃ちゃん。」
遼子は封筒の中に入っていた写真に見入った。
「佐藤隆弘さんのお父さん、よくわかっているわね。まったくその通りだったんでしょうね。見て、この写真。本当に小雪に似ているわ。」
遼子は小雪に古ぼけた顔写真を手渡した。皆が顔を寄せた。この写真は、隆弘の法要が終わった後、彼の妹が探し出したものだった。
小雪は堅い表情でその写真を注視した。しかし、すぐに写真を遠くへ押しやって、気分が悪そうに、ソファの肘掛に体をもたせかけてしまった。
桃子は、小雪の気持ちを、少しでもそらしてあげようと思った。
「嫌ねえ。雨ばかり降って。ちっとも海に行けないんだもん。ねえ、映画行こう。茉梨絵、ゆきちゃん、映画観て、すっと気持ちを晴らそうよ。沈んだ気分のときは、かえって、悲しい映画とか怖い映画とかがいいのよ。カタルシス効果が高いんだって。『チャット』っていうホラーがはやっているのよ。観に行こうよ。チャットをしていたOLが、相手の書き込んだ言葉の通りに怖ろしい目に合うんだって。」
「桃ちゃん!」
「桃子、あなたって人は、本当に浅はかなんだから。信じられないわ!」
桃子は、遼子と茉梨絵から、そう注意される前に、自分の失態に気づいて、口を両手で覆って、目を見開いた。彼女は、1960年代に流行したフランス人のアイドル歌手、フランス・ギャルに似ているのだが、その美しい大きな目で、遼子と茉梨絵を代わる代わる見て、この状況の収束の図り方を思案した。
しかし、遅かった。小雪は両手で顔を覆って、「桃子なんか嫌い!」と言って、声を立てて泣き出した。
「さすがアナウンサー志望ね。上手よ、桃ちゃん。」
遼子は封筒の中に入っていた写真に見入った。
「佐藤隆弘さんのお父さん、よくわかっているわね。まったくその通りだったんでしょうね。見て、この写真。本当に小雪に似ているわ。」
遼子は小雪に古ぼけた顔写真を手渡した。皆が顔を寄せた。この写真は、隆弘の法要が終わった後、彼の妹が探し出したものだった。
小雪は堅い表情でその写真を注視した。しかし、すぐに写真を遠くへ押しやって、気分が悪そうに、ソファの肘掛に体をもたせかけてしまった。
桃子は、小雪の気持ちを、少しでもそらしてあげようと思った。
「嫌ねえ。雨ばかり降って。ちっとも海に行けないんだもん。ねえ、映画行こう。茉梨絵、ゆきちゃん、映画観て、すっと気持ちを晴らそうよ。沈んだ気分のときは、かえって、悲しい映画とか怖い映画とかがいいのよ。カタルシス効果が高いんだって。『チャット』っていうホラーがはやっているのよ。観に行こうよ。チャットをしていたOLが、相手の書き込んだ言葉の通りに怖ろしい目に合うんだって。」
「桃ちゃん!」
「桃子、あなたって人は、本当に浅はかなんだから。信じられないわ!」
桃子は、遼子と茉梨絵から、そう注意される前に、自分の失態に気づいて、口を両手で覆って、目を見開いた。彼女は、1960年代に流行したフランス人のアイドル歌手、フランス・ギャルに似ているのだが、その美しい大きな目で、遼子と茉梨絵を代わる代わる見て、この状況の収束の図り方を思案した。
しかし、遅かった。小雪は両手で顔を覆って、「桃子なんか嫌い!」と言って、声を立てて泣き出した。