シナリオ
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シナリオ
秀樹は、それから毎晩、シナリオ作りに没頭した。「際どいシーンか。俺と亜矢子の間に、一体どうすれば、そんな状況が生じるのだろうか?」
そんなふうに、彼は長い間、頭をしぼったが、どうやっても想像することができなかった。彼の考えた、ホテルの部屋で過ごす二人の様子は、こんな感じである。
「ただいま」
「お帰り、秀樹。どこへ行っていたの?」
「バーで紅茶を飲んでいたんだよ」
「一人で?」
「ああ」
「バカねぇ、お酒を飲んできてもよかったのに」
「別にいいんだよ」
「シャワー、先に使わせてもらったよ。ごめん、私、疲れちゃった。もう寝るね」
「ああ」
「お休みなさい」
「お休み」
「グー……」
彼には、これに似たようなパターンを、他に二、三思い浮かべることしかできなかった。彼は、ドラマチックなシナリオを作るのは相当骨の折れる仕事だということを悟り、呆然となった。彼は、アパートのデスクに頭を抱えて、長い間動かなかった。そのうちにトイレに行きたくなった。すっきりすると、ビールが飲みたくなった。缶ビールを開けて、一口ごとに頭を抱えた。テロや災害を想定してみたが、どうもオリジナリティーとリアリティーがふくらんでこない。
いつの間にか、缶ビールが三缶空になった。彼は、こんなものを書いているのは、無意味ではないかとさえ思えてきた。自分自身は、亜矢子をどうこうしたい、と考えたことはない。それは、亜矢子に魅力がないということを意味しているのではない。しかし、彼女を恋の相手に想定することには、まったく実感が湧いてこないのだ。それは、亜矢子に彼氏がいるらしいことも要因となっているのかもしれない。だが、それ以上に、彼には彼女との恋愛を考えようとする衝動が湧き起こらない事情もあったのである。そうした場合、双方がよっぽど欲情過多でない限り、事件は起こらない気がするのだ。もし、亜矢子に彼氏がいなかったとすれば……。そうすれば、……。
秀樹は、ここまで考えて、急に展望が開けた気がした。この状況は使えるかもしれない。つまり、亜矢子が彼氏と別れることになったら? 彼は、飲みかけていた四缶目のビールを一気にあおると、酔いのため相当意識がぼんやりした状態で、キーボードを叩き始めた。