シナリオ

15
歩夢と栄治の関係
ツタンカーメンやピラミッドの模造品が土産物として陳列棚に並べられてあった。「キャア、素敵」
声を立ててはしゃぐ亜矢子の後ろを例の男はついて回った。
「本当にこの人と歩夢さんが友達同士だなんて信じられないなぁ。それで一体どういう関係なんですか?」
歩夢はしきりと動揺しながら弱々しく答えた。
「いや、まあ、大学の時に知り合ったんですよ。僕は文学部出で、今は写真家をやっています。彼は北川栄治、理学部出で、今は科学者をやっているんです」
歩夢の目が泳いでいるので、秀樹はその言葉がどれほど信用できるのかわからなかった。栄治と呼ばれる男は、ひょっとするとテロリストか何かではないかと、半分本気で勘ぐっていた。
「本当ですか? 一体何の研究をしているのですか?」
彼は栄治の方に視線を移した。
栄治はいかにも科学者のように咳払いした。
「私の静電気に関する研究成果をご存じないかね? 静電気を蓄電する電池という画期的なもので、環境対策への効果が高いと世界中から注目を浴びているのだがね。パリで公開実験をすることになったのさ。友人の歩夢が、撮影旅行をするということをたまたま聞いたので、観光も兼ねることにしたのさ」
秀樹は半信半疑だった。
亜矢子は、「へえ、科学者」と言っただけで、それほど感心もせずに、陳列棚の土産物を物色し始めた。
栄治は亜矢子の傍に寄って肩を抱いた。
亜矢子は後ろを向き、目を見開いた。
「ちょっと、北川さん、いけませんことよ。馴れ馴れしいことはだめですわよ」
亜矢子がにこやかに栄治の手の甲をつねると、彼は「イテテテ」と悲鳴を上げ、手をこすりながら、亜矢子に優しく語りかける。
「亜矢子さん、ツタンカーメンのミニチュアが気に入ったみたいだね。俺が買ってあげるよ」
そう言うが早いか、亜矢子が制止するのも聞かず、もう商品を持ってレジの若い女性スタッフの所へ歩いていた。
ウィンザー城へ
ツアーの団体の一員としてバスの中で揺られている秀樹は不機嫌だった。彼がこの旅行中最も恐れを抱き、苦痛を覚えていた試練の時が刻一刻と迫り来ようとしているからである。一方、隣りに座る亜矢子の方はというと、膝を曲げて両足を座席に乗せ、あまつさえ靴下まで脱いで、至極くつろいだ姿勢で鼻歌を歌ってはしゃいでいるのである。
「ルン、ルン、ルン。模擬結婚式だ。ウェディングドレスだ」
「失敗した。何でこんな懸賞に応募しちゃったのかな」
秀樹は帽子を目深にかぶり、腕を組んで、倒したシートに深く身を沈めた。
バスは一目散にウィンザー城へ向かっていく。
その後ろを一台のタクシーが付け回している。
「前の車が邪魔だから追い越せよ」
栄治は、内容の乱暴さに反して、流暢な英語を操った。
「お客さん、道が狭いんだから無理ですよ」
「バスを見失ったら金はださねぇが、それでもいいんだな」
タクシーのドライバーは彼の言葉に向か腹で応じたりはしなかった。この男の雰囲気から伝わってくるいやな感じが、普段は決して客に対して温順ではない彼を変化させたように見えた。「仕方ないですねぇ」と柔らかく言うと、対向車が通り過ぎたところを見計らって、追越をかけた。