シナリオ

16
模擬結婚式
衣装室から出た亜矢子は、スタッフたちの歓声を浴びる。ロビーで所在なさげに待っていたタキシード姿の秀樹は亜矢子を眺めて茫然と立ちつくした。亜矢子はきれいな女だと認識していないことはなかった。しかし、目の前に現われたウェディングドレス姿の彼女は、彼女のことを言い表すたくさんの要素の中から、「きれいな女」というただ一点だけに絞って強調されたと言っても過言ではないほど、ドレスアップ、メイクアップをし尽くされてそこに立っていた。
「どう?」
亜矢子がニッコリと微笑みながら秀樹に手を差し出した。彼は亜矢子に対するある種の崇高な感情から、彼女の手を取ることをためらった。しかしおずおずと彼女の手に自分の手を伸ばしていき、ついには自身の手で彼女の手をすっかり包み込んだ。
「おまえじゃないみたいだ」
「あなたには、こんな姿、絶対二度と見せないもん」
亜矢子はむくれた振りをする。
広いホールに入っていくと、すでに入場していたウェディング姿のカップルたちが所狭しと歩き回っていた。
亜矢子が入場すると、場内はどよめいた。賛嘆の声が飛び交い、フラッシュがたかれた。
「亜矢ちゃーん」
亜矢子が振り向くとカメラを抱えた栄治が走ってくる。
「亜矢ちゃん、やっと会えたよ。ウワッ、きれいだなぁ」
栄治は肩で息をしながら、ほれぼれと亜矢子を眺めた。
「あら、北川さん! お褒めいただいてありがとう。それにしても何でまたこんなところに?」
「いや、偶然ここも歩夢の取材場所だったってわけさ。このカメラは歩夢に借りたんだ」
後ろから歩夢が照れながら顔を出す。
「やあ、歩夢さんも来ていたのか」
秀樹は歩夢の顔を見ると妙に安心して、もうたまらないという調子でため息をついた。
「もうまいったよ。ツアーの人たちには言えないけど、もう勘弁願いたいよ。何でたまたま懸賞に当たっただけなのに、こんな思いをしなくちゃならないんだ。まったく亜矢子と結婚式のまねごとをすることになるなんてよ。なぁ、亜矢ちゃん」
「しーっ、だめだってば。他の人に聞こえたらどうするのよ」
二人のやりとりを聞いていた栄治の血が騒いだ。そして真顔で亜矢子に質問した。
「もしかして、亜矢ちゃんはこの男の物ではない」
亜矢子は栄治の口をふさいだ。
「しー、だからそんな大きな声で言わないで。そうなのよ。実は私は秀樹さんが当選した懸賞旅行に便乗させてもらっただけなのよ」
「ガーン……」
栄治はそれを聞くとしばらく顔をひきつらせていたが、そのうちに薄笑いを浮かべ始めた。
「こいつ、何だか気持ち悪いぞ」
そんな秀樹の悪口も耳に入らないようで、栄治は猛然と亜矢子を口説き始めた。
「それがわかればこっちのもんだ。よしっ!! 亜矢ちゃん、彼氏がいないんなら、俺と付き合ってくれよ」
「ちょっと、北川さん。そんな大きな声でしゃべったらまずいよ。ねぇ、お願い」
「じゃあさ、あとでちょっと二人で会おうよ」
「亜矢子」
秀樹が少しいらだった様子で言った。
「二人で並んで写真を撮るんだってよ。ほら、みんなスタジオの前で並んでいるだろ。俺たちも早く行こうぜ」
秀樹はふいに亜矢子の手を取り、人ごみを掻き分け掻き分け歩いて行った。
亜矢子は手をつかまれたまま、小走りで後をつけた。