シナリオ

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公開実験

 商店が建ち並び、観光客で賑わうシャンゼリゼ通りにある、風格のあるホテルの前でタクシーは停まった。
 栄治たちが車から出ると、ホテルの玄関前で待っていた研究者がすかさず近寄った。
 「北川! 遅いじゃないか。大勢の聴衆が待ちわびているぞ」
 研究者はフランス語で栄治をたしなめ、準備を急がせた。
 「仲間だ。席に案内してくれ」
 フランス人の科学者は三人をちらっと見て、「わかった」と言い、走り出してまた振り向き、亜矢子に目を留めた。「北川、実はモデルの女の子がちょっと体調が悪くなって、いや、出られなくもなさそうなのだがかなりつらそうなので、できれば代役がいないかと思ったんだが、彼女にやってもらえないか。これはいわばエンターテインメントでもあるから、きれいでスタイルのよい女の子でないと見栄えが悪い。彼女なら最適だ」
 「わかった。ちょっときいてみよう」
 彼は会場に通じるドアの前まで急いで走り、そこで亜矢子を説得した。彼女は割と簡単に承知した。それを秀樹は不愉快な気分で聞いていた。しかし、亜矢子はそんなことにはまったく気づかなかった。その時歩夢も不愉快そうな顔をしたが、そのことに気づいたものはもちろん誰もいなかった。
 その場で秀樹と歩夢は会場内の特別席に案内され、亜矢子や栄治と別れた。
 公開実験の会場であるホテルの大会議室は大勢の人々で埋め尽くされていた。そのほとんどがフランス人だった。
 秀樹はほとんど最前列の座席から、手を伸ばせば届きそうな位置にあるステージの上を眺めていた。白いシーツが敷かれたベッドの脇にいろいろな実験器具を並べたキャビネットが置かれていた。化学の実験室というよりは、病院の診察室といった趣があった。
 栄治が白衣を着て登場した。とたんに大歓声と拍手が湧き起こったので秀樹は驚いた。
 「あいつ、本当に著名な学者らしいな。信じられないけどなぁ……」
 続いて亜矢子が小さなグリーンのビキニをつけて現われた。秀樹の頭は真っ白になった。
 「こんな格好にして大勢の前に引き出すことはないだろ!」
 彼はやっとのことでそう叫ぶのをこらえた。
 亜矢子は水着姿がよく似合っていた。肌が白く輝き、胸のラインがくっきりしていて、背がすらっと格好よかった。
 観衆の拍手が収まると、栄治はマイクに向かって話し始めた。
 「皆様、ようこそお出でくださいました。今日は私の研究の成果をお目に掛けたいと思います」とフランス語で挨拶したあとは、日本語でしゃべった。それを通訳がフランス語に直した。
 「私たちの身の回りは静電気で満ちています。それは確かにごくわずかなものですが、しかし効率よく集めれば決して馬鹿にできない電力として役立てることができるのです。私は、誰もが当たり前に日頃から目にしているが、誰もそれをエネルギーとして活用しようとしない静電気に着目しました。化学繊維を使った衣服を脱ぐ時にパチパチと静電気が起きて不快な思いをされたことのない人はいないでしょう。ビニールにたかった小さなごみを取ろうとして、静電気で再びごみがビニールに引き戻されて、いらいらするという経験を誰もがしているでしょう。プラスチック製品が静電気で細かいほこりを吸い寄せてしまい、すぐ黒ずんでしまって困るという思いをもたれる方も多いでしょう。そういう日常の不快な現象をできるだけ解消しようと考えているメーカーや研究者は実はとても多いのです。私も日本のあるメーカーで、静電気対策に携わっていました。
 そういう研究をしていたある時、静電気が起こりにくいプラスチックを作るより、起こりやすいものを作る方が楽なので、疲れて嫌気がさしていた私はわざと静電気の発生しやすいプラスチックを作って遊びだしました。それで手や顔や髪などを摩擦すると、実に不快な気分になるほどの静電気が発生するのです。つまり静電気の発生器ですね。私はその静電気発生器を使って、これでもかというくらいに、自分の体に静電気を発生させて、妙な気分を催させていたのです」
 観客はそれを聞くと、なんとなく不快な感じになり、思わず顔をしかめた。
 「ところが、その時にふと思いつきました。この静電気を吸い取って、効率よく貯めたらどうなるのだろうか。つまり静電気の蓄電器を開発できないかと考え始めたのです。蓄電器の開発は簡単なものではなかったのですが、長い間研究しているうちに、ある程度の能力のあるものを作ることができました。次に、静電気の発生器と蓄電器を結びつけることができないかと考えました。つまり、一つの器具で、片や静電気をどんどん発生させる仕組みを持ち、片や発生させた静電気を効率よく蓄電していく仕組みを持つというものです。これができればエネルギー問題は解決し、地球温暖化も一挙に解決するでしょう。そして、また長い間研究に没頭し、ついにその夢の製品を開発することができたのです」
 歓声が湧き起こった。
 「この研究は私の所属するメーカーの理解を得られませんでしたから、私は独立し、起業しました。ですから、『ハッチク』すなわちこの製品の商品名ですが、これはわが社の専売特許であり、世界で唯一わが社にしか存在しないものなのです。それでは早速『ハッチク』の威力をお目に掛けましょう」
 場内に割れんばかりの拍手が湧き起こった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シナリオ
◆ 執筆年 2010年5月16日