シナリオ

23
「俺の実験はどうだった?」
栄治は上機嫌だった。
「こいつは俺の妹なんだが、よろしくな」
「麻衣です。よろしくお願いします」
「へえー、おまえみたいなかわいくない男に、こんなかわいい妹さんがいるとは驚いたな。顔に似合わず、いろいろ特技があるんだな」
「おまえ、本当に気にいらねぇよ」
栄治は秀樹に近づけた顔を亜矢子の方へ向けてにっこり笑った。
「亜矢ちゃん、このあとシャンゼリゼ通りを案内してあげようか? おいしいものもいっぱいあるよ」
「うわー、楽しそう! どうしようかしら? ねぇ、秀樹、どうする?」
彼女の艶やかな瞳に秀樹は少し動かされたが、ひるまずに言った。
「俺は行かないよ。いいよ、連れてってもらえよ」
彼女は何か言いたそうだったが、栄治の大きな声で抑えられる形になった。
「わはは、それじゃあ決まり。二人でシャンゼリゼを歩こうぜ。麻衣、この二人の方を案内してあげなさい。秀樹さんと歩夢、俺の妹と一緒でよければ、その辺を一緒に歩いて遊んでやってくれ。じゃあ、俺達は行くから。わっはっは」
彼は亜矢子の肩を押して会場から連れ去った。
残された三人は顔を見合わせた。
「俺はもう疲れたから、ホテルに帰って横になるよ。じゃ」
秀樹が早くも心を決めて立ち去ろうとすると、麻衣はそれを引き止めた。
「ちょっと待って。私は兄とよくパリを歩いてるから、おいしいお店とか知っているんです。もしそれほど忙しくなければ、案内して差し上げましょうか?」
彼女は、兄からの命令でどうしても二人と少なくとも数時間の間は行動を共にしなければならなかった。しかし、そんな気配は見せずに、飛び切りの笑顔を見せて誘った。無骨な兄とは対照的で、女らしく穏やかな美人であった。スタジャンのジッパーを途中まで開け、白いブラウスを覗かせ、ベージュのぴっちりとしたパンツを軽快にはきこなしている。
それに心が動かされないではなかったが、彼はきっぱり断ろうとした。どんなにかわいくても、栄治の妹であることが気に食わなかった。
秀樹は彼女に背を向けてすたすたと歩きだした。歩夢もためらいながら彼に付いて歩いた。タクシーを拾い乗り込むと、動きののろい歩夢に先んじて麻衣が滑り込んだ。そうこうするうちに運転手が車を出したので、秀樹は勝手にしろというふうに、帽子を目深にかぶってシートに体を預けた。
麻衣は手を伸ばして運転手に指し示し、フランス語で指示した。タクシーは人通りの多い歩道に片輪を乗り入れて停車した。
「さ、降りましょ。ここ、ワインとチーズのおいしいお店なの」
彼女は歩夢の背中を押し、秀樹の手を握った。秀樹は面倒臭かったが、少しそんな気になってきたので、麻衣に促されるまま車から降りた。
すし屋と天ぷら屋の横にある、古い石造りで、とても品よくこぎれいな印象を与えるその店に、麻衣は二人を押し入れた。
いろいろな種類のチーズがショーケースに並べられていた。その横の棚にはワインが無数に並べられていた。
すぐにウェイターが近づいてきた。とても礼儀正しい。しばらくウェイターと麻衣のやりとりがあって、テーブルに案内された。
四人がけだが、とても小さなテーブルだった。歩夢の反対側に秀樹が座ると、麻衣はその隣に座った。
店内のテーブルはほとんどすべてが埋まっていた。隣のテーブルとの距離は極めて短かった。
「ここね、いつも人がいっぱいなの。なにが飲みたい。ワインでよければ私が注文しましょうか?」
たおやかで気さくな麻衣を見ているうちに、秀樹の気分は不思議に明るくなってきた。
「ワインはもちろん、つまみも君に任せていいかい?」
やっと打ち解けてくれた秀樹に麻衣はにっこりとほほえんだ。
「ええ、もちろん。じゃあ、私のお勧めの品をたくさん注文しちゃうね」
彼女は顔を紅潮させて言った。
「ああ、頼むよ。……歩夢さん、それでいいだろ?」
「あ、ああ。それでいいさ」
栄治は上機嫌だった。
「こいつは俺の妹なんだが、よろしくな」
「麻衣です。よろしくお願いします」
「へえー、おまえみたいなかわいくない男に、こんなかわいい妹さんがいるとは驚いたな。顔に似合わず、いろいろ特技があるんだな」
「おまえ、本当に気にいらねぇよ」
栄治は秀樹に近づけた顔を亜矢子の方へ向けてにっこり笑った。
「亜矢ちゃん、このあとシャンゼリゼ通りを案内してあげようか? おいしいものもいっぱいあるよ」
「うわー、楽しそう! どうしようかしら? ねぇ、秀樹、どうする?」
彼女の艶やかな瞳に秀樹は少し動かされたが、ひるまずに言った。
「俺は行かないよ。いいよ、連れてってもらえよ」
彼女は何か言いたそうだったが、栄治の大きな声で抑えられる形になった。
「わはは、それじゃあ決まり。二人でシャンゼリゼを歩こうぜ。麻衣、この二人の方を案内してあげなさい。秀樹さんと歩夢、俺の妹と一緒でよければ、その辺を一緒に歩いて遊んでやってくれ。じゃあ、俺達は行くから。わっはっは」
彼は亜矢子の肩を押して会場から連れ去った。
残された三人は顔を見合わせた。
「俺はもう疲れたから、ホテルに帰って横になるよ。じゃ」
秀樹が早くも心を決めて立ち去ろうとすると、麻衣はそれを引き止めた。
「ちょっと待って。私は兄とよくパリを歩いてるから、おいしいお店とか知っているんです。もしそれほど忙しくなければ、案内して差し上げましょうか?」
彼女は、兄からの命令でどうしても二人と少なくとも数時間の間は行動を共にしなければならなかった。しかし、そんな気配は見せずに、飛び切りの笑顔を見せて誘った。無骨な兄とは対照的で、女らしく穏やかな美人であった。スタジャンのジッパーを途中まで開け、白いブラウスを覗かせ、ベージュのぴっちりとしたパンツを軽快にはきこなしている。
それに心が動かされないではなかったが、彼はきっぱり断ろうとした。どんなにかわいくても、栄治の妹であることが気に食わなかった。
秀樹は彼女に背を向けてすたすたと歩きだした。歩夢もためらいながら彼に付いて歩いた。タクシーを拾い乗り込むと、動きののろい歩夢に先んじて麻衣が滑り込んだ。そうこうするうちに運転手が車を出したので、秀樹は勝手にしろというふうに、帽子を目深にかぶってシートに体を預けた。
麻衣と食事
「あ、そこだ。そこそこ」麻衣は手を伸ばして運転手に指し示し、フランス語で指示した。タクシーは人通りの多い歩道に片輪を乗り入れて停車した。
「さ、降りましょ。ここ、ワインとチーズのおいしいお店なの」
彼女は歩夢の背中を押し、秀樹の手を握った。秀樹は面倒臭かったが、少しそんな気になってきたので、麻衣に促されるまま車から降りた。
すし屋と天ぷら屋の横にある、古い石造りで、とても品よくこぎれいな印象を与えるその店に、麻衣は二人を押し入れた。
いろいろな種類のチーズがショーケースに並べられていた。その横の棚にはワインが無数に並べられていた。
すぐにウェイターが近づいてきた。とても礼儀正しい。しばらくウェイターと麻衣のやりとりがあって、テーブルに案内された。
四人がけだが、とても小さなテーブルだった。歩夢の反対側に秀樹が座ると、麻衣はその隣に座った。
店内のテーブルはほとんどすべてが埋まっていた。隣のテーブルとの距離は極めて短かった。
「ここね、いつも人がいっぱいなの。なにが飲みたい。ワインでよければ私が注文しましょうか?」
たおやかで気さくな麻衣を見ているうちに、秀樹の気分は不思議に明るくなってきた。
「ワインはもちろん、つまみも君に任せていいかい?」
やっと打ち解けてくれた秀樹に麻衣はにっこりとほほえんだ。
「ええ、もちろん。じゃあ、私のお勧めの品をたくさん注文しちゃうね」
彼女は顔を紅潮させて言った。
「ああ、頼むよ。……歩夢さん、それでいいだろ?」
「あ、ああ。それでいいさ」