シナリオ

24
例のごとく所在なさげに座っていた歩夢は、無理矢理笑い顔を作って見せた。
注文を済ませてしばらくの間は、何の会話もなく誰もが暇をもてあそんでいた。ウェイターがアツアツの揚げ立てチキンを運んでくると、一斉に目が輝いた。レタスやトマト、玉葱などが山盛りになったサラダも置かれた。彼らは舌を軽くやけどして、指を油でべとべとにしながら鶏肉にかじりついていた。
おなかから温まり、すっかり気分が楽しくなってきた秀樹は、麻衣といろいろな話を交わし始めた。
「私はマスコミに勤めようと思っていたのに、兄がアシスタントが必要だと言って、国文学専攻の私に無理矢理フランス語やイタリア語を習わせて、こっちに連れてきたのよ」
「君の兄貴は本当に強引な奴だよ」
「でも、兄の発明がかなり成功して、おかげで私はリッチになったわ。今では兄の考えに従っておいてよかったかなって思っているわ」
秀樹は手にフォークを持ったまま、横にいる麻衣の目を覗き込むようにした。
彼は先程の公開実験を見た今でも、まだ何かに引っ掛かっている。しかし、そのことをこの妹に言ってみてもおそらく疑念は何も払拭されないだろうという気がした。彼女が話すことの言外に何かを読み取ることしかできなかった。
「俺はどうも君の兄貴は好きになれない」
「兄はああいう性格だから敵が多いと思う。でも、能力は確かよ。兄の研究は多くの分野にとても多くの潤いを与えると思うわ」
「仮にそうだとしても、俺は君の兄貴とは関係を持たずにいたいね」
その言葉を聞いて麻衣は思わずニコッとした。
「そういうふうにはっきり言う人、私好き」
秀樹は、何も答えずに下を向いて考え込んでいるようだった。彼はワインをごくごく飲み、チーズをむさぼった。
その間にも、麻衣はあれこれと話し続けていた。フランスに来た当初のこと。パリではどんなレストランがあるかということ。イタリアやギリシャにも行ったこと。彼女は見た目とそう変わりなく、率直に話をした。そして、人目を引くほど美しい。どちらかというと日本的な美人だった。
話しているうちに、秀樹は麻衣の目つきの中に何かを感じた。初めは気のせいだと思った。しかし、余りにもまじまじと自分を見つめるので、彼はしまいには皿ばかり眺めるようになってしまった。
気がつくとずいぶん時間が経っていた。客もほとんど引き上げてしまい、閑散とした店内では店員たちが片付けに精力を傾けていた。
「そろそろ出ましょうか」
麻衣が言うと、秀樹は無言でうなずき立ち上がった。歩夢も立ち上がった。
三人はタクシーをつかまえた。麻衣と秀樹が後ろに乗り、歩夢は助手席に乗った。最初に歩夢のホテルに止まり、続いて秀樹のホテルに向かった。
後部座席の二人は、目的地に到着するまでの短い間ずっと互いの呼吸を意識していた。秀樹は麻衣の方を一度も向かなかった。もし振り向いたら、何かが起こる気がしたのだ。
ホテルの玄関にタクシーが止まり、彼は黙って降りた。
麻衣が窓から顔を出して優艶な眼差しで微笑んだ。
「おやすみなさい。またどこかへ行きましょうね」
「うん。……おやすみ」
彼は軽く手を振ると、ロビーに入っていった。
注文を済ませてしばらくの間は、何の会話もなく誰もが暇をもてあそんでいた。ウェイターがアツアツの揚げ立てチキンを運んでくると、一斉に目が輝いた。レタスやトマト、玉葱などが山盛りになったサラダも置かれた。彼らは舌を軽くやけどして、指を油でべとべとにしながら鶏肉にかじりついていた。
おなかから温まり、すっかり気分が楽しくなってきた秀樹は、麻衣といろいろな話を交わし始めた。
「私はマスコミに勤めようと思っていたのに、兄がアシスタントが必要だと言って、国文学専攻の私に無理矢理フランス語やイタリア語を習わせて、こっちに連れてきたのよ」
「君の兄貴は本当に強引な奴だよ」
「でも、兄の発明がかなり成功して、おかげで私はリッチになったわ。今では兄の考えに従っておいてよかったかなって思っているわ」
秀樹は手にフォークを持ったまま、横にいる麻衣の目を覗き込むようにした。
彼は先程の公開実験を見た今でも、まだ何かに引っ掛かっている。しかし、そのことをこの妹に言ってみてもおそらく疑念は何も払拭されないだろうという気がした。彼女が話すことの言外に何かを読み取ることしかできなかった。
「俺はどうも君の兄貴は好きになれない」
「兄はああいう性格だから敵が多いと思う。でも、能力は確かよ。兄の研究は多くの分野にとても多くの潤いを与えると思うわ」
「仮にそうだとしても、俺は君の兄貴とは関係を持たずにいたいね」
その言葉を聞いて麻衣は思わずニコッとした。
「そういうふうにはっきり言う人、私好き」
秀樹は、何も答えずに下を向いて考え込んでいるようだった。彼はワインをごくごく飲み、チーズをむさぼった。
その間にも、麻衣はあれこれと話し続けていた。フランスに来た当初のこと。パリではどんなレストランがあるかということ。イタリアやギリシャにも行ったこと。彼女は見た目とそう変わりなく、率直に話をした。そして、人目を引くほど美しい。どちらかというと日本的な美人だった。
話しているうちに、秀樹は麻衣の目つきの中に何かを感じた。初めは気のせいだと思った。しかし、余りにもまじまじと自分を見つめるので、彼はしまいには皿ばかり眺めるようになってしまった。
気がつくとずいぶん時間が経っていた。客もほとんど引き上げてしまい、閑散とした店内では店員たちが片付けに精力を傾けていた。
「そろそろ出ましょうか」
麻衣が言うと、秀樹は無言でうなずき立ち上がった。歩夢も立ち上がった。
三人はタクシーをつかまえた。麻衣と秀樹が後ろに乗り、歩夢は助手席に乗った。最初に歩夢のホテルに止まり、続いて秀樹のホテルに向かった。
後部座席の二人は、目的地に到着するまでの短い間ずっと互いの呼吸を意識していた。秀樹は麻衣の方を一度も向かなかった。もし振り向いたら、何かが起こる気がしたのだ。
ホテルの玄関にタクシーが止まり、彼は黙って降りた。
麻衣が窓から顔を出して優艶な眼差しで微笑んだ。
「おやすみなさい。またどこかへ行きましょうね」
「うん。……おやすみ」
彼は軽く手を振ると、ロビーに入っていった。