シナリオ

30
マフィアとの対決
ジェラッテリアの店先の白いテーブルに肘をついて、栄治はしきりに顔を左右に動かしていた。反対側には上半身をぐったりとテーブルに乗せて、苦しそうな寝顔で横たわっている亜矢子の姿があった。その顔は倒れたグラスに入っていたソフトドリンクでぬれていた。それでも、まったく起きる気配はなかった。ピンク色の壁の切れ目から、サングラスをした秀樹が現れた。秀樹は亜矢子の姿に驚き果て、すぐに近寄って、肩をそっと抱いて揺さぶった。
麻衣は栄治に近づき小声で言った。
「お兄さん、なんで眠らせちゃったの?」
栄治は、いたずらをして見つかった子供のように言い訳をした。
「仕方なかったんだよ。せっかく、いとしの亜矢ちゃんとランデブーしようとしたらさ、連中が急に予定を早めてくれって言って来たんだよ。それもよお、一分以内に来るって言うから、とりあえず睡眠薬を飲ませて、隣のバールに出掛けたってわけよ」
「あ、そういうこと」
麻衣はほっとため息をついた。
「ん、そういうことって、何、おまえ、どういうことだと思ったの?」
「私、てっきり睡眠薬で眠らせて、無理やりどうかしようとしたのかと思って……」
「おまえねー、俺がそんなことするわけないだろ。こう見えても女性には優しいんだからさあ。まして亜矢ちゃんに乱暴なことするなんてありえないことだぜ。うう……」
栄治の脇腹に秀樹のこぶしが入った。栄治はのけぞって倒れ、反撃もできずに、連打を受けていた。秀樹の腕が後ろからつかまれ、栄治が反撃した。秀樹は両腕を上げさせられ、栄治のけりをくらったが、すぐに彼もけり返した。栄治はテーブルに直撃し、のけぞって倒れた。
「離せ! 麻衣さんか?」
秀樹が後ろを振り向くと、サングラスをしたイタリア人が彼の腕をねじり始めていた。秀樹が痛がっていると、麻衣がイタリア語で叫んだ。
「パウロ、やめて! 彼は私の知り合いなの。兄ともめているのにはわけがあるの」
すぐに自分を束縛する手の力が緩められたので、秀樹はまた栄治に向かっていこうとしたが、二人の間に麻衣が入って止めた。
「麻衣さん、どいてくれ! 君の兄貴だろうが、なんだろうが、こいつだけは許せねぇ」
そのすきに秀樹は再びパウロに抑えられてしまう。全身の力を振り絞ってパウロの束縛から抜けようとするが、あまりにも力が強いため秀樹は完全に身動きできなくなり、荒い呼吸を繰り返した。
栄治が、秀樹の攻撃を受けて痛めた肩や横顔や背中をさすりながら、ふらふらと立ち上がり、顔中にこぼれ落ちたジェラートが溶けた汁を手のひらでぬぐって、ゆっくり近づいてきた。
「いててて。ちくしょー、この野郎調子に乗りやがって。ぶっ殺してやる」
栄治は刀身の長いナイフを抜き、今にも襲い掛かろうとした。
「兄さん、やめて!」
麻衣は両手を上げて、立ちふさがった。
「麻衣、じゃまだ。どけ!」
「ちょっと、待ってよ。この人の恋人にちょっかいを出すのがいけないんだから、兄さんがまずは謝るべきよ。」
「何言っているんだよ? 亜矢ちゃんはこいつとは特別な仲じゃねぇんだよ。自分でそう言ったんだから間違いねぇさ。だから、俺が亜矢ちゃんをどうしようが、勝手じゃねえか」
「なんとも思ってない女を助けに命がけで来るわけないでしょ。好きなのよ。この人は亜矢子さんのことが好きなのよ。さっき本人から聞いたんだから間違えないわ。でなけりゃ私がここへ連れてくるわけないでしょ?」
「それは確かなのか?」
栄治はナイフを鞘にしまいながら秀樹を見つめた。
秀樹はパウロに両腕を絡めとられたまま栄治を見た。それから体を左右に揺すってパウロに叫んだ。
「おい、いい加減に放せよ。もう暴れねぇよ」
「おい、パウロ、もう放していいぞ」
栄治は流暢なイタリア語で静かにそう言った。