シナリオ

31
両腕が自由になった秀樹は、しばらく「痛え、痛え」と言いながら腕をさすっていたが、すぐに、麻衣に話したのと同じことを淡々と話し始めた。
栄治はそれが秀樹の本心であることがわかると、苦渋の表情で腕組みをした。
「でも、亜矢ちゃんの気持ちは確かめたのか?」
そうきかれると秀樹も答えに窮した。
「だったら俺とおまえは今のところ五分と五分というところだな。亜矢ちゃんは俺を嫌っているどころか、むしろ楽しそうにしていたぞ」
「それはおまえがどういう人間だかまだ知らないからだ。それに、俺がおまえを警戒していることを、俺がやきもち焼いて憮然としていると受け取っているから、俺と一緒にいるよりも、今のうちはちやほやしてくれるおまえといる方が楽しいと思っているだけだろう」
「おまえ、怖いもの知らずだねぇ。俺がどういう人間だかわかっているくせに、そんな口のきき方をするなんて」
「怖いさ。でも、俺には落ち度はないし、亜矢子のこと以外でおまえのやることに口を出すつもりはないから、必要以上には、びびらないように気を張っているのさ」
「おまえ、なかなか見所あるよ。俺たちの仲間にもおまえみたいな骨のある奴がほしいよ。でもなぁ、一つだけ言わせてもらうと、俺にだって落ち度はないんだぜ」
それを聞くと秀樹は語調を強めた。
「それは嘘だ。なら睡眠薬を飲ませて、無理やり自分に従わせようとしたのはどういうわけだ?」
「待ってくれ。それは誤解なんだ。いろいろと事情があってな」
「どういう事情があったって言うんだよ?」
その時、ぐったり意識を失っていた亜矢子が上半身を上げて、うつろな目で秀樹や栄治たちを見回した。
「んんー、あれ、私、寝ちゃったみたい。あ、秀樹、来てくれてたのぉ。ねぇ、ここのジェラート、とってもおいしいのよ。あら、栄治さんの妹さんね。こんにちは」
秀樹はさっと近づいて、亜矢子の手を引いた。
「そんなに急にひっぱっちゃだめだよ。あれ? なんだか体がふらふらしてまっすぐ立てないよ。おかしいな。グレープフルーツジュースを飲んだら、急に眠気がしてきて……」
「店員が間違えて強いアルコール飲料を運んできたんだよ」
栄治がにこっと笑って言った。
「馬鹿、おまえはのんきすぎるんだよ」
秀樹は、亜矢子の体の横を支えて、ジェラッテリアから出て行く。
「ちょっと待ってよ。なんで急に帰らなければならないのよ。もうちょっとゆっくりしてもいいじゃない」
彼女は、後ろを振り向いて、栄治と麻衣を見る。出口で彼らは手を振っている。
「亜矢ちゃん、俺はこれから出かけなくちゃならないんだよ。ごめんね。秀樹はずっと前から迎えに来ていて、君が起きるのを待ちわびていたのさ」
「亜矢子さん、いいこと教えてあげる。秀樹さんねぇ、あなたのことが本当は好きなんだって」
麻衣は、目を細めて言った。
「え? 何なの急に? さっきから私の知らないところで、話が急に進んでいるみたい」
亜矢子は秀樹の横顔を見た。
「いったいどういうことなのよ?」
「ほら、しっかり歩けよ」
秀樹は、亜矢子の言葉には答えず、自分にまだもたれかかっている亜矢子の腕を引っ張り、スペイン広場に向かった。
亜矢子はまだ足をふらつかせている。階段をよろよろと一段一段昇った。後ろを振り向くと、もうジェラッテリアには栄治たちの姿は見えない。亜矢子は、いったい、いつ秀樹がここへ来たのか、栄治たちとどういうことがあったのか、それから、秀樹が私のことを好きだと麻衣が言っていたのはどういうことなのか、どれもこれも自分にはわからなくて、頭の中に霧が立ち込めているように思えた。秀樹にきいても、「おまえは危なかったんだよ」とだけしか答えてくれない。何がどう危なかったのか、よくわからなかったが、なんとなく栄治の雰囲気が違っているのは、彼女も感じ取っていた。スペイン広場の雑踏を縫っていきながら、秀樹が亜矢子の手を握る手に力を込めた。秀樹が何か伝えようとしているのではないかと亜矢子は思った。彼女も秀樹の手をしっかり握って歩いた。
栄治はそれが秀樹の本心であることがわかると、苦渋の表情で腕組みをした。
「でも、亜矢ちゃんの気持ちは確かめたのか?」
そうきかれると秀樹も答えに窮した。
「だったら俺とおまえは今のところ五分と五分というところだな。亜矢ちゃんは俺を嫌っているどころか、むしろ楽しそうにしていたぞ」
「それはおまえがどういう人間だかまだ知らないからだ。それに、俺がおまえを警戒していることを、俺がやきもち焼いて憮然としていると受け取っているから、俺と一緒にいるよりも、今のうちはちやほやしてくれるおまえといる方が楽しいと思っているだけだろう」
「おまえ、怖いもの知らずだねぇ。俺がどういう人間だかわかっているくせに、そんな口のきき方をするなんて」
「怖いさ。でも、俺には落ち度はないし、亜矢子のこと以外でおまえのやることに口を出すつもりはないから、必要以上には、びびらないように気を張っているのさ」
「おまえ、なかなか見所あるよ。俺たちの仲間にもおまえみたいな骨のある奴がほしいよ。でもなぁ、一つだけ言わせてもらうと、俺にだって落ち度はないんだぜ」
それを聞くと秀樹は語調を強めた。
「それは嘘だ。なら睡眠薬を飲ませて、無理やり自分に従わせようとしたのはどういうわけだ?」
「待ってくれ。それは誤解なんだ。いろいろと事情があってな」
「どういう事情があったって言うんだよ?」
その時、ぐったり意識を失っていた亜矢子が上半身を上げて、うつろな目で秀樹や栄治たちを見回した。
「んんー、あれ、私、寝ちゃったみたい。あ、秀樹、来てくれてたのぉ。ねぇ、ここのジェラート、とってもおいしいのよ。あら、栄治さんの妹さんね。こんにちは」
秀樹はさっと近づいて、亜矢子の手を引いた。
「そんなに急にひっぱっちゃだめだよ。あれ? なんだか体がふらふらしてまっすぐ立てないよ。おかしいな。グレープフルーツジュースを飲んだら、急に眠気がしてきて……」
「店員が間違えて強いアルコール飲料を運んできたんだよ」
栄治がにこっと笑って言った。
「馬鹿、おまえはのんきすぎるんだよ」
秀樹は、亜矢子の体の横を支えて、ジェラッテリアから出て行く。
「ちょっと待ってよ。なんで急に帰らなければならないのよ。もうちょっとゆっくりしてもいいじゃない」
彼女は、後ろを振り向いて、栄治と麻衣を見る。出口で彼らは手を振っている。
「亜矢ちゃん、俺はこれから出かけなくちゃならないんだよ。ごめんね。秀樹はずっと前から迎えに来ていて、君が起きるのを待ちわびていたのさ」
「亜矢子さん、いいこと教えてあげる。秀樹さんねぇ、あなたのことが本当は好きなんだって」
麻衣は、目を細めて言った。
「え? 何なの急に? さっきから私の知らないところで、話が急に進んでいるみたい」
亜矢子は秀樹の横顔を見た。
「いったいどういうことなのよ?」
「ほら、しっかり歩けよ」
秀樹は、亜矢子の言葉には答えず、自分にまだもたれかかっている亜矢子の腕を引っ張り、スペイン広場に向かった。
亜矢子はまだ足をふらつかせている。階段をよろよろと一段一段昇った。後ろを振り向くと、もうジェラッテリアには栄治たちの姿は見えない。亜矢子は、いったい、いつ秀樹がここへ来たのか、栄治たちとどういうことがあったのか、それから、秀樹が私のことを好きだと麻衣が言っていたのはどういうことなのか、どれもこれも自分にはわからなくて、頭の中に霧が立ち込めているように思えた。秀樹にきいても、「おまえは危なかったんだよ」とだけしか答えてくれない。何がどう危なかったのか、よくわからなかったが、なんとなく栄治の雰囲気が違っているのは、彼女も感じ取っていた。スペイン広場の雑踏を縫っていきながら、秀樹が亜矢子の手を握る手に力を込めた。秀樹が何か伝えようとしているのではないかと亜矢子は思った。彼女も秀樹の手をしっかり握って歩いた。