シナリオ
45
「ありがとう」
秀樹は、おいしそうに水割りをのどに流し込んだ。
「そんなにいやなら早く別れればよかったと思うけど」
「私もそうしたかったけど恐くて」
「恐い?」
「ええ。私にとって守護霊の言葉は絶対なの。その守護霊が絶対に別れてはいけない、別れたらひどく不幸になる、と言うのよ」
「じやあ、守護霊が死ねといったら死ぬのか?」
「馬鹿ね、守護霊は本体を守るために存在しているのだから、そんなこと言うはずがないでしょう」
「そういうものなのか」
「そうよ」
亜矢子はカクテル・グラスを口に持っていった。
「きっと、トラウマを受けたんだろう。違うか? それで、ありもしないのに、守護霊の導きだと、自分に言いきかせているんだろう」
これは言ってはいけないことだ。言ってしまってから後悔した。しかし、亜矢子はニコッと笑顔を見せた。
「多分そう言うと思っていたわ。無理のない話よ。秀樹を悩ませてすまないわ。歩夢とのことを説明するのは難しいから、あなたに気付かれなければいいと思っていたの。でも、そうはいかなかったから、がんばって真剣に説明しているのよ。あなたが私のことを理解してくれれば、私も勇気を出して、守護霊に逆らってでも、彼と別れるわ」
亜矢子は、ホワイトレディをまた口に持っていった。
秀樹は、オールドブルトニーを飲み干した。
「マスター」
「はい」
マスターが行儀よくテーブルの脇に立った。
「もう一杯、オールドブルトニー」
「かしこまりました」
「こいつは本気だぞ」秀樹はつばを飲み込んだ。どうするか、自分が今まで信じてきた世界観から、妙に前近代的な価値観に凝り固まっている世界に飛び込んでみるか? 結婚とか、家庭を持つとかいうことは、こんなに人に変容することを要求するんだっけ? 亜矢子に限ってそんな心配は無用だと思っていたけど、やっぱり親しくなってみないと何もわからないものだな。自分がほれ込んだ相手が親戚ぐるみで新興宗教にどっぷりつかっていたら衝撃が大きいのだろうが、守護霊を信奉しているというのも、負けないくらいの衝撃度だぞ。しかも、祖母から引き継いでいるというのだから、結構根深いのかもしれないし……。
あれこれ考え込んでいると、亜矢子が憑かれたような目で見つめた。
「ねぇ、抱いていいよ」
フィオーレから飲み始めているので、すっかり酔いが回ってきた亜矢子は、目をとろんとさせて、秀樹を見つめた。
「無理なことを考えるから、秀樹は怒りっぽくなっているのよ。一年間気持ちを試すなんて、意味ないよ。あなたが、私のことを好きなら、いつでも私はいいの。変な気をまわす必要ないわ」
秀樹は、まったく別の人間を見るように亜矢子のことを見つめた。
「いや、予定したことを自分ができるかどうかということも試しているんだ。今日はこのまま帰るよ」
「そう」
秀樹が立ち上がると、亜矢子もバッグを持って立った。
秀樹が勘定を済ませてドアを開けると、マスターが、「ありがとうございました。またおいでくださいよ」と声をかけた。
二人は駅まで歩いた。亜矢子の乗る電車が先に来た。秀樹が見送ると、彼女は少し物足りない顔をしたが、すぐに笑顔で手を振った。秀樹は星を見上げた。男と女って、なかなかうまくいかないな。星の数ほど存在しているくせにさ。
秀樹は、おいしそうに水割りをのどに流し込んだ。
「そんなにいやなら早く別れればよかったと思うけど」
「私もそうしたかったけど恐くて」
「恐い?」
「ええ。私にとって守護霊の言葉は絶対なの。その守護霊が絶対に別れてはいけない、別れたらひどく不幸になる、と言うのよ」
「じやあ、守護霊が死ねといったら死ぬのか?」
「馬鹿ね、守護霊は本体を守るために存在しているのだから、そんなこと言うはずがないでしょう」
「そういうものなのか」
「そうよ」
亜矢子はカクテル・グラスを口に持っていった。
「きっと、トラウマを受けたんだろう。違うか? それで、ありもしないのに、守護霊の導きだと、自分に言いきかせているんだろう」
これは言ってはいけないことだ。言ってしまってから後悔した。しかし、亜矢子はニコッと笑顔を見せた。
「多分そう言うと思っていたわ。無理のない話よ。秀樹を悩ませてすまないわ。歩夢とのことを説明するのは難しいから、あなたに気付かれなければいいと思っていたの。でも、そうはいかなかったから、がんばって真剣に説明しているのよ。あなたが私のことを理解してくれれば、私も勇気を出して、守護霊に逆らってでも、彼と別れるわ」
亜矢子は、ホワイトレディをまた口に持っていった。
秀樹は、オールドブルトニーを飲み干した。
「マスター」
「はい」
マスターが行儀よくテーブルの脇に立った。
「もう一杯、オールドブルトニー」
「かしこまりました」
「こいつは本気だぞ」秀樹はつばを飲み込んだ。どうするか、自分が今まで信じてきた世界観から、妙に前近代的な価値観に凝り固まっている世界に飛び込んでみるか? 結婚とか、家庭を持つとかいうことは、こんなに人に変容することを要求するんだっけ? 亜矢子に限ってそんな心配は無用だと思っていたけど、やっぱり親しくなってみないと何もわからないものだな。自分がほれ込んだ相手が親戚ぐるみで新興宗教にどっぷりつかっていたら衝撃が大きいのだろうが、守護霊を信奉しているというのも、負けないくらいの衝撃度だぞ。しかも、祖母から引き継いでいるというのだから、結構根深いのかもしれないし……。
あれこれ考え込んでいると、亜矢子が憑かれたような目で見つめた。
「ねぇ、抱いていいよ」
フィオーレから飲み始めているので、すっかり酔いが回ってきた亜矢子は、目をとろんとさせて、秀樹を見つめた。
「無理なことを考えるから、秀樹は怒りっぽくなっているのよ。一年間気持ちを試すなんて、意味ないよ。あなたが、私のことを好きなら、いつでも私はいいの。変な気をまわす必要ないわ」
秀樹は、まったく別の人間を見るように亜矢子のことを見つめた。
「いや、予定したことを自分ができるかどうかということも試しているんだ。今日はこのまま帰るよ」
「そう」
秀樹が立ち上がると、亜矢子もバッグを持って立った。
秀樹が勘定を済ませてドアを開けると、マスターが、「ありがとうございました。またおいでくださいよ」と声をかけた。
二人は駅まで歩いた。亜矢子の乗る電車が先に来た。秀樹が見送ると、彼女は少し物足りない顔をしたが、すぐに笑顔で手を振った。秀樹は星を見上げた。男と女って、なかなかうまくいかないな。星の数ほど存在しているくせにさ。